■甘えんぼな君へ5のお題
1.ぎゅってしていい?
「ねぇねぇさかもとくん!」
「なんだぁ?」
「ぎゅってしていい?」
おれの申し出に、かなりめんどくさそうな視線をよこす坂本くん。
「・・・・疲れてんだよ俺はよぉ」
「いやだいやだ!ぎゅうしたいんだもーん!」
「・・・・・・」
甘えた声を出してみたけど。
坂本くんは耳を塞いで机に突っ伏してしまった。
どうやらしかとすることにしたらしい。
「むしかよー!あんときみたくしてくれよぉぎゅうー!」
**********************
おれはヨシヒコ。
犬と人間のハーフってやつらしい。
どうやって生まれたかは知らないけど、抱き上げてくれた人が白い服で薬臭かったのだけは覚えてる。
生まれたときから箱の中にいた。
兄弟は6匹で、その中の三番目がおれだった。
他の5匹は可愛くて器量がいいってすぐに買い手がついたけど。
おれは他のより可愛くなかったらしい。
この細い目なんて特に気に入ってるのに、失礼しちゃうぜ。
起きてんのか?なんていわれてさ。
馬鹿にしてんのか、起きてるよコノヤロウ。
ある日、おれのいた研究所ってところに警官が来て。
イハンとか何とか言って、全部を持っていってしまった。
箱の中でちっちゃくなってたら、ふわっと浮いた感じがして。
暴れるときっと持ってかれちゃうんだろうって思ったから、じっとしてた。
ずーっと、ずーっと。
そしたら。
どすんと箱ごと地面に落ちた感じがして。
何すんだよ!って箱から顔を出せば。
遠ざかっていく車が見えた。
あれ。
これって、ラッキー?
そう思ったのもつかの間。
周りを見回せば、大きな袋があって。
くんくん嗅ぐとかなり強烈な嫌な臭いがした。
うえ。
その上。
ぽつん、と鼻の頭に水が落ちてきて。
それはあっという間にたくさんの滝のようになった。
これが雨ってやつか。
外に出るのが初めてだったから、雨も初めて。
最初は綺麗で、どっから降ってくるのかなぁって空を見てたけど。
だんだん寒くなってきて。
体を震わせて水を飛ばしてた。
でも、それも限界がきちゃって。
だっておれ、子供だし。
体も弱い方だから、体力そんなにないんだ。
箱の陰に隠れるようにして体を丸める。
それでも水はどんどん入ってくる。
寒い。
寒いよぉ。
目を閉じてぎゅうっと丸まっていると。
不意に、雨がやんだ。
恐る恐る目を開けてみると、人の気配を感じて。
見上げたら男の人がおれを見ていた。
びっくりしてるみてぇ。
あ、そっか。
おれ、珍しいもんな。
「・・・お前、人間か?犬なのか?」
首を傾げてちょっとずれた視点で真剣に悩み始めるその人は。
多分、人間としてはかなりかっこいい部類に入ると思う。
そんで。
どこかおれの兄ちゃんに似てた。
一番上の、最後に貰われていった兄ちゃん。
最後までおれのことを心配して、何度も振り返ってくれた兄ちゃんに。
・・・やべ。
思い出したら泣けてきちゃった。
「お、おい!泣くなよー」
慌ててしゃがみこみ、おれの頭をぽんぽんと軽く叩いてきた。
おっきい手だなぁ。
なんかすっごく優しい手で。
涙が止まらなくなって。
しゃっくりをしながらたくさん泣いてたら。
ぎゅうって。
あったかいものに包まれた。
おれはすっぽりその人の腕の中に入ってて。
くんくんするといい匂いがする。
きゅうっと服を掴んで見上げれば。
困ったような、ホッとしたような顔。
「・・・あのね」
口を開くと、目を見開かれた。
「お前、口きけんのか」
「うん。・・・きもちわるい?」
「・・・いや」
首を横に振ったから、安心する。
とりあえずおれのこと、話さないと。
そう思ったんだけど。
気が抜けたからなのか、目の前がふっと急に真っ暗になった。
次に目が覚めた時、おれはふかふかしたところにいた。
起き上がると、ぱさりと足元に何かが落ちる。
あ。
これって、さっきあの人が着てた服だ。
くんくんとその匂いを嗅ぎ、それを頼りに彼を探す。
お礼、言わなきゃ。
キョロキョロしていると、急に。
おれの体が浮いた。
「えええ???」
「目、覚めたか?」
声の方に目をやると、あの人がいた。
どうやら襟首を掴まれて持ち上げられてるらしい。
「なにすんのさー!」
「おーまえな。自分の体調わかってんのか」
「??」
首を傾げてみると、下に降ろされた。
足が着いた途端、ふらついてぺたんと床に座ってしまう。
立とうとしても力が入んない。
「熱あんだよ。ふらふらすんだろ」
「・・・うん」
「だから今日はちゃんとあったかくして寝とけ。ソファ貸してやっから」
そう言って、彼はおれをソファに戻した。
さっきの服の代わりに、ふわふわの毛布をくれて。
いい人。
こういう時は・・・えーと。
『ヨシヒコ。なにかいいことをしてもらった時は「ありがとう」って言うんだぞ』
『アリガトウ?』
『そうだ。人間たちの挨拶みたいなもんだ』
『へぇ。アイサツかぁ。じゃあまーくん、アリガトウ!』
『ぁん?』
『だって、おれにいろんなことおしえてくれたもん!アリガト!』
『・・・・・ぉう』
「・・・あり、がと」
教えてもらったとおりに言うと。
「・・・・・ぉう」
彼は目を少し見開いてから、照れたようにちょっとだけ笑った。
やっぱり、兄ちゃんに似てる。
「熱が下がるまでは面倒見てやるから」
言いながら、彼は足元に落ちた服を拾った。
熱が下がるまで。
「・・・じゃあ、おれずっとねつださなきゃ」
「なんでだよ」
「だっておれ、いくとこないもん」
こんな姿だし。
お金もないからなんにも食べられないし。
子供だから働けないし。
町に出たら、珍しいからって誰かに拾われてどっかに売られちゃうかも。
・・・どうしよう。
自分で考えてて怖くなってきちゃった。
「どうしようー!」
「どうしようじゃねぇ!ってかまた泣くな!!」
「だって、だって・・・」
じわじわと目が熱くなってく。
泣くなって言われても、どうしようもないんだもん。
毛布に埋もれて彼を見上げていると。
彼はがしがしと頭をかいて、天井を仰いだ。
「・・・あーもーわかったよ!ウチにいていいから!」
「ホント?」
「ホント!だからもう泣くな!」
「・・・なか、ないっ」
きゅっと口元に力を入れて涙を堪えると。
とっても長いため息をつかれた。
かと思えば。
バッと上の方に目をやって、酷く焦ったような表情になる。
「やっべ・・・っ遅刻だ遅刻!!」
「チコク?」
ばたばたと音を立てて奥に行き。
鞄を手に持って帰って来た。
「説明してる暇ねぇんだ!でかけてくるからじっとしてんだぞ!」
「いなくなっちゃうの?」
「7時には帰ってくるから、寝とけ!じゃあな!」
7時ってなに?とか聞きたかったんだけど。
時間がないってことは、急いでるってことだもんね。
ジャマはしちゃいけない。
あ、でも。
「ねぇ!」
「なんだよっ!」
「なまえ、おしえて!」
そうしないと呼べない。
名前知らないなんて一緒に住むにしても色々問題あるし。
「坂本だ!お前は?って自己紹介してる時間ねぇんだよ!帰ったら聞く!」
叫ぶように言って、坂本くんは家を出た。
おれは窓から外を覗いて、走っていく坂本くんの背中に手を振り叫んだ。
「おれ、ヨシヒコー!!ヨシヒコだよーーー!!」
綺麗な夕日が眩しく、俺の目に残った。
この行動が後々大変なことになるってことをおれは考えてなかった。
坂本くんに隠し子がいた、だとか。
離婚して子供だけ押し付けられたかわいそうな人、だとか。
かなり近所の噂になったらしい。
坂本くんに商売のジャマすんなって愚痴られて後から知ったんだけど。
その時のおれは全然言葉を知らなかったから。
カクシゴとかリコンとか理解できなくて坂本くんを疲れさせてたらしい。
**********************
「ねぇねぇねぇ〜ぎゅう〜」
「・・・・・・」
ゆさゆさ揺らしても反応なし。
寝てんのかな。
「しちゃうぞーしちゃうからなー!」
宣言して、大きな背中に飛びついた。
あーったけぇ。
おれ、ごまんえつ。
「えへへへへへへへ〜v」
「・・・お前、体温たけぇな」
「サカモトくんはいいにおい、するねー」
くんくん。
いっつも同じこの匂い。
おれ、好き。
だから、ぎゅうしたくなるんだ。
「・・・・・・寝よ」
坂本くんが急に立ち上がった。
背中に俺をくっつけたまま。
「おれもーおれもいっしょにねるー」
「お前はソファ!毛がくっつくからダメだ!」
言って俺を剥がそうと試みる。
ちくしょー、離れてなんかやるもんかー!
「けちー!」
「けちじゃねぇよ!わがまま言ったら追い出すからな!」
「やだー!」
「ならソファに戻っとけ!」
「・・・・・はぁい」
おれは背中から離れて、すごすごとソファに戻った。
くるりん、と丸くなって目を閉じる。
さっきぎゅうってしたから、坂本くんの匂いが残ってて。
一緒にいるみたいに感じて幸せになった。
>ホスト坂本くんとワンコなよっちゃん。
2.仕事仕事って、そればっかり
坂本くんは仕事が大好きだ。
だって、いっつも仕事仕事って言ってる。
今日は同伴があるから早く出るからな、とか。
店が終わってからも予定があるから、とか。
仕事ばっかりしてる。
おれのことも、仕事くらい気にしてくれるといいんだけどな。
家の中でころころ転がってると。
ただいまーって坂本くんの声が聞こえたから、走って出迎える。
「オカエリー!」
「・・・ただいま。元気だなーお前」
「げんきだよー!サカモトくんはー?」
「俺はもう限界。疲れた」
言いながらネクタイを緩め、シャツのボタンを上から2つくらい外した。
ふらふらと部屋に足を運んで、ソファにうつ伏せに倒れこむ。
「そこ、おれのせきだよー」
「うー・・・ベッドまで行く力ねぇんだよ・・・」
「おれもねたいのにー」
坂本くんが仕事から帰ってくるまで寝ないから。
おれも相当眠いんだけど。
ソファは既に隙間が見当たらない。
ベッドに行くにしても、多分怒られる。
毛だらけにすんなって。
別にわざと毛をつけてるんじゃないのにな。
坂本くんはいつも細かい。O型なのに。
「しごとしごとって、たいへんなのになんでしてるの?」
「金、稼げるから」
聞いた言葉に、顔だけ向けられて即答された。
「おかね」
「そ。それがねぇと大変なのはお前でもわかるよな」
「うん」
お金がないとご飯食べられないし。
電気もつかなくなるし、お風呂にもはいれなくなっちゃうし。
家も出て行かなくちゃならなくなるもん。
「だからそれを手に入れるために頑張ってんの。はい、説明終わり」
説明を終わらせた坂本くんは再び、ソファに顔を埋めた。
納得はしたよ。
でも。
おれの寝床はないままで。
もしかして今日、立って寝なきゃいけないの?
ゆさゆさ
「ねぇーおれはー?」
「床で寝る・・・わけにはいかねぇか」
「ゆか、いたいよー」
「へいへい。ほら、おいで」
手を差し伸べられたから、そこに近づくと。
ぎゅうって抱きしめられた。
「あったけー」
そうやって言う坂本くんがなんだか泣きそうに見えて。
おれはすり、と頭を彼の胸元にこすり付けてみた。
ふっと、口元が歪む。
「お前見てるとホッとするわ。正直で、純粋で。絶対嘘言わないもんな」
「うそつくの、よくないことだよ」
「そうなんだよなぁ。でも大人は平気で嘘つくんだぞ」
「なんでー?」
聞いたら、坂本くんは悲しそうに笑った。
「なんでだろな。現実を知りすぎるとそうなっちゃうのかもな」
「????」
坂本くんの言ったことが理解できなくて首を傾げると、苦笑いされた。
「難しかったか。悪い」
頭を撫でられ、それに身を任せる。
どうして悲しそうなのかな。
誰かに嘘つかれて、辛いのかな。
「あのねあのね」
「うん?」
「サカモトくんはうそ、ついちゃだめだよ」
よくないこと、しちゃダメ。
誰かがしても一緒に真似しちゃダメ。
言ったら見つめられて、困ったみたいに笑われる。
「つかなきゃやってられねぇんだよ、俺の仕事は」
「じゃあ、おれにはうそつかないでね」
他では嘘ついてもいいから。
おれにだけはホントのこと言う、坂本くんでいて。
出来るだけ目を開いて彼を見ていると。
ふ、と息を吐かれた。
「・・・お前といるとさ、嘘つくのが辛くなるんだ。お前が素直だからかもしれないけど」
「うん」
「だからまた、今日みたいに俺の愚痴、聞いてくれるか?」
「いいよ」
家に置いてもらってるもん、それくらいお安い御用。
力強く頷くと、坂本くんが笑った。
「わらったー」
「あ?」
「サカモトくん、やっとわらった」
ぎゅうっと抱きつけば、おれの頭の上で坂本くんがまた笑った感じがした。
ふわっと髪の毛が風で揺れたから。
ありがとなって小さな声がしたけど。
おれは照れくさくなって、寝たふりをした。
おれこそありがと、坂本くん。
>ペット依存症な坂本くん。
3.気付いて、独りにしないで
おれの起きる時間は夜だ。
だって、坂本くんの目が覚める時間に起きるから。
寝る時間は朝。
坂本くんが帰ってくるまで大人しく待ってる。
偉い子なんです。えっへん。
『今日は一日帰れないから、きちんと留守番してること サカモト』
でも、今日は。
起きたらもう一人だった。
いつもならまだ坂本くんがいる時間。
今日はいない。
しかもテーブルに置き手紙までしてあって。
一日帰れないってことは、おれ、一人??
「・・・さみしぃよぉ」
ころんと転がって呟いてみる。
溜めるより言葉にしちゃった方がスッキリするなんて、嘘だ。
だって余計に寂しくなってきたもん。
ぱた、と尻尾が揺れて床に当たる。
いつもならさ。
坂本くんの作ってくれたご飯食べて。
一緒にお風呂はいって(湯船には入れてくれないけど)。
ギリギリまでひっついて甘えてるはずなのに。
今日はいないから、全部出来ない。
おれさ。
一応、子供なわけだよ。
生まれてからまだ、そんなにたってないし。
赤ちゃんってわけじゃないけど、子供なんだ。
だから。
一人にされると寂しくて泣けてきちゃうんだ。
じわ。
「・・・ぅええー・・・」
おれの泣き声は。
一人きりの部屋に寂しく響いた。
>4に続きます。
4.独りぼっちの夜
しばらく泣いたあと。
おれは疲れちゃって泣くのをやめた。
だって、泣いたって坂本くん戻ってこないし。
時間のムダだし。
腕で目元をぐいぐいこすって、立ち上がる。
坂本くんがいないのは普通だもん。
いっつも仕事でいない時間だから。
だから、いつもしてる暇つぶしをしてればいいんだ。
よし。
坂本くんが作ってくれたおもちゃ箱。
中にはボールとか積み木とかが入ってる。
箱の外に出してみて。
ふと。
坂本くんに遊んでもらった時のことを思い出しちゃった。
おれ、人間だけど犬で。
犬だけど人間だから。
坂本くんは遊び方ですっごく悩んだらしい。
でも結局ボール投げで遊ぶことにしたって言って。
おれは坂本くんが投げるボールを取りに行っては彼に渡した。
偉いぞって、頭撫でてくれるんだもん。
一人でやったって、誰も褒めてくれないからつまんないもん。
じわ。
うわ、泣く。
うーん。
・・・そうだ!
とたとたとキッチンに向かえば。
流し台に溜まった食器の山。
時間がなくて洗えないって言ってたから。
おれがこれやったら、坂本くん褒めてくれるはず!
えらいなって。
頭いっぱい撫でてくれるんだ。
・・・・でへへ。
よし、やるぞ!
ええと。
まずはこの四角いもにょもにょしたやつにせんざいをつける。
坂本くんがやってたから、知ってる。
うわ、白いの出てきた。
ええと、ええと。
これで洗うんだよな?
がしゃん
あー!
お皿、割っちゃった。
坂本くんの大事にしてたお皿。
どうしよう。
『馬鹿!危ないから触んな!あっち行ってろ!』
前にお皿割った時にそうやって怒られたから。
これはとっても悪いことなんだ。
どうしようどうしよう。
「・・・っイタっ!!」
オロオロしてたら手に痛みが走った。
見てみたら、じわりと赤いのが滲んでる。
血だ。
おれ、死んじゃう・・・!
死んだら坂本くんに会えなくなる。
そんなの。
そんなのヤダ・・・!
「ぅわーーーーーんっ!!!」
俺は床にぺたんと座り込むとたくさん泣いた。
さっき疲れたはずなのに、泣けた。
寂しいよ。
痛いよ。
一人、怖いよ。
坂本くん。
だんだん!
ドアを叩く音にぴくり、と反応した。
だれ?
「・・・サカモト、くん?」
「お隣の長野ですけど!」
おとなりさん?
ええと。
「しらないひとはいれちゃだめって、サカモトくんがゆってた」
オオカミと七匹の小ヤギみたく食べられちゃうんだって。
坂本くんが絵本読んで教えてくれたんだもん。
「俺、坂本くんの友達!」
友達。
・・・あ。
「ナガノヒロシ、くん?」
「そうです!」
前に坂本くんが言ってた、友達。
隣に住んでて割りといいやつだからって、笑ってた。
おれ、それが悔しかったから覚えてる。
がちゃり、とドアを開けると。
そこに立ってた男の人は目を丸くしておれのことを見た。
あ。
「あのね、おれ、みみはえてるけど、にんげんです!」
一生懸命そう言ってみると。
長野くんの目はおれの手元を見ていた。
「手、怪我してる」
「あー、さっききっちゃったの」
痛そうだねって眉を顰めた長野くんの手がおれの手を取る。
あったかい手。
坂本くんみたいな手。
そこから心配してくれてる気持ちが伝わってきた。
「・・・これ、ホンモノ?」
ぴんっと立てた耳を抓まれる。
「ほんもの、だよ?」
上目遣いで恐る恐る言えば。
長野くんは大きくぱちくりと瞬きをして。
それから息を吐くと。
「・・・とりあえず、お邪魔していい?」
って俺に聞いてきたから、うん、って頷いた。
長野くんは部屋に入るなり、苦笑いをした。
フローリングに血は落ちてるし、一緒に泡も落ちてるし。
キッチンはまさにセンジョウだ(おれ、うまい)。
まずは手当てが先だねって言って、救急箱を持ってきてくれた。
消毒液をつけてもらって、絆創膏をぺたり。
「痛い?」
「ううん。もういたくないよ!」
「よかった」
にっこりと笑う。
坂本くんの笑顔とちょっと違う。
優しくて太陽みたいにほっこりした笑顔。
おれ、すき。
「ええと、お名前は?」
「おれ、ヨシヒコ!」
「ヨシヒコ・・・よっちゃんだね」
「よっちゃん?」
呼ばれて首を傾げる。
だっておれの名前はヨシヒコだもん。
よっちゃんっていう名前じゃないから。
「うん。あだ名だよ」
「アダナってなぁに?」
「うーん、仲良くなった人と呼び合う名前のことかな」
「へぇ〜!」
仲良くなったら呼べるんだ。
そしたら、坂本くんもいつかおれのことよっちゃんって呼んでくれるのかな。
「あ、ねぇねぇナガノくんっ」
「なぁに?よっちゃん」
「ナガノくんもサカモトくんとおなじおしごとしてるの?」
「そうだよ。今日は休みなんだけどね」
「ふーん。サカモトくん、なにしてるひとなの?」
「うーん・・・女の人を幸せにする仕事かな」
「へぇー!しあわせにするんだぁ!」
いいお仕事だねって言ったら。
長野くんは曖昧に笑っただけだった。
その後。
長野くんはキッチンをちゃんと片付けてくれて。
おれのご飯の用意までしてくれた。
卵がいっぱいあったからオムライスね、って。
オムライスってなにか知らないおれは首を傾げていすにすわってた。
少し待ってると、黄色いお山がお皿に乗ってやってきた。
「これ、オムライス?」
「そうだよ」
「おやまのうえにもじがかいてあるよ?」
「うん。こっちがよっちゃんで、こっちが俺」
指差してくれたおれのオムライスには、よっちゃんって文字。
「おれのなんだー!」
感心して頷いたら、笑われた。
「なんだよぉ」
「いや、よっちゃんって可愛いなぁって思って」
かわいい。
褒められて嬉しくてしっぽをぱたぱたした。
「こらこら、埃たつでしょ」
「ごめんなさーい」
優しく注意されて耳をくてん、と下にすれば。
長野くんはいいこだねって言って頭を撫でてくれた。
きちんと椅子に座って、オムライスを食べる。
卵がふわふわしてて、赤いのがおいしい。
中に入ってるゴハンも赤いのと同じ味がする。
おいしいおいしいって食べてたら、長野くんは笑って。
ゴチソウサマってしたら、口をティッシュで拭いてくれた。
「ナガノくんってやさしいね」
「そうかな」
「うん!サカモトくんはこんなことしてくれないもん!」
「でも、好きでしょ?」
「うん!」
だいすき。
だっておれを拾ってくれた人だし。
ゴハンもいっつも用意してくれるし。
暇な時は遊んでくれるし。
いいことしたら褒めてくれるし。
・・・うぅ。
思い出したら、寂しくなってきた。
「・・・・・ぅぅー・・・」
「あららら。よっちゃんどうしたの」
ひょいっと抱き上げられて、長野くんの胸元に顔を埋めた。
ぽんぽん、と背中を叩かれる。
優しいんだけど。
とっても嬉しいんだけど。
でも、おれ。
「サカモトくんに、あいたいよぉ・・・」
「・・・で、俺に電話したのか」
「そういうこと」
「全く、一人で留守番もできねぇのかコイツは」
「可愛くないこと言ってる割には口の端緩んでますけど?」
「・・・・・・」
「まだよっちゃんちっちゃいんだから、寂しくさせちゃダメだよ」
「・・・わかってるよ」
>5へ続きます。
5.やっぱり君の隣が好き
気がついたら夢の中だった。
周りは真っ白で。
おれの目の前にはまーくんが立っている。
まーくんって呼ぼうとしたんだけど、声が出なくて。
駆け寄ろうとしても足が動かなかった。
ただ。
まーくんはおれのことを見て、笑ってた。
ゆったりと尻尾を左右に揺らしながら。
ヨシヒコ。
まーくんがつけてくれた名前。
兄弟がたくさんいるのに名前がないなんて面倒だって。
適当につけるからなって言いながら、たくさん悩んでくれたの、しってるよ。
ヨシヒコは人懐っこくて明るいから皆に大事にされて育つなって。
そう言ってくれたのも覚えてるよ。
『ヨシヒコ』
あ。
坂本くんの声。
おれを呼んでる。
行かなきゃ。
『また、あえる?』
声が出た。
けど。
まーくんは困ったように笑って、顔を横に振った。
会えないの?
もう、まーくんと会えないの?
『いい人、見つけたな』
まーくんが言って、笑うから。
おれは一生懸命首を縦に振ってそうだよ、って叫んだ。
寂しくて寂しくて。
胸が張り裂けそうだったけど。
平気なフリをしてればまーくんは笑うから。
『ヨシヒコ!』
あ、坂本くん怒っちゃった。
全く短気なんだから。
『まーくん!おれ、だいじょぶだよ!!』
何が大丈夫なのかわかんないけど。
まーくんと会えなくなるのは寂しいけど。
おれには坂本くんがいるから。
だから、おれのこと心配しないで。
まーくんは自由に生きて。
薄れていく景色の中で。
確かにまーくんが笑ったのを、おれは見たんだ。
「ヨシヒコっ!!!!」
「うわっ?!」
耳をぎゅうっと抓まれてそこに叫ばれて。
すっげぇビックリした。
ぱちくりと瞬きをして、坂本くんを見る。
あれ。
「まーくん・・・?」
「あぁ?」
「まーくんっ!どうしてみみなくなっちゃってんの?!!」
なんでなんで、って食って掛かってたら、手を払われた。
「五月蝿ぇな。俺はまーくんじゃねぇって」
「だって、まーくんだもん!」
「理由になってねぇよ!」
べしっと叩かれて我に返る。
あー。
「・・・サカモトくんだぁ」
「なにが」
「まーくん、そんならんぼうしないもん」
「なにぃ?」
ギロっと睨まれて驚く。
怖い怖い。
顔怖い坂本くん。
「ったく、人が心配して帰ってきてやったっつーのに」
「しんぱい?サカモトくん、おれのことしんぱいしてくれたの?」
「な、長野に呼ばれて仕方なくだよっ」
思わず出たボヤキに反応したら、坂本くんは舌打ちして俺から目を反らした。
耳、真っ赤。
「あ、ナガノくんは?」
「帰った」
「あー・・・おれ、アリガトっていってない」
「今度来た時にでも言えばいいだろ」
へた、と耳を下に垂れさせると。
坂本くんはキョトンとして俺に言った。
「またくる?」
「来るだろ。お前のこと気に入ってたし」
「そっかぁ」
今度ウチに来てくれた時に一番最初にありがとうって言おう。
そんで、一緒に遊んでもらおう。
ぱたぱた
「・・・なんだよ。そんなに気に入ったのか長野のこと」
「うん!おれ、ナガノくんだーいすき!」
「・・・・・そーかよ」
口を尖らせてそっぽを向く坂本くん。
機嫌、悪い?
「でも、サカモトくんがいちばんすきだよ」
言って、ぎゅうっと抱きつけば。
暑苦しいんだよ馬鹿、なんて言いながら笑った。
その笑った顔が、まーくんにそっくりで。
ふわん、と心があったかくなったおれだった。
>ほっこりエンド。お付き合いくださりありがとうございました。
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リライトさまからお借りしました。