それからというものの、俺の音楽の中にピアノが増えた。
太一くんのピアノ。
部屋には何枚か別の人が弾いているピアノの音が入ったディスクがあったけれど。
俺にとっては太一くんの音は別格だった。
型のない演奏方法。
ディスクの中の人たちは皆、どこか固い弾き方をしているけど。
太一くんはとっても自由に楽しそうに音を奏でる。
狭いはずの鍵盤の世界が、太一くんにかかれば広大な宇宙に変わるのだ。
すげぇ、と思わず言えば自慢げに微笑まれた。





負けじと声を張り上げて、唄う。
最初は必死に。
だんだんと、のってくる。
自分の声が太一くんのピアノの音の上にしっくりと。
それに太一くんの声が混ざって、倍音になる。
震える身体。
あまりの心地よさと、唄えることの喜びに。
俺、生きててよかったと。
本心から、そう思えた。






































































俺コイツ持ってても仕方ねぇからやるよ、と。
太一くんがギターを差し出してきたのは出会ってから丁度、1ヶ月が過ぎた頃。
昼夜関係なくギターを弄っている俺を見て決めたらしい。



「弾いてくれるやつに持ってて貰った方が、アイツも喜ぶし」



どこか、遠い目で。
眩しいものを見るように、太一くんがそう言った。
アイツって、誰だろう?
首を傾げてみれば、苦笑いの後。
かなり前の話だけどと、太一くんは俺の疑問を解くために口を開いた。









「・・・楽しそうにギターを弾くやつだったんだ。今のお前みたいに」







コテコテの関西弁で。
お前が座っていたところと全く同じ場所に居たんだ。
誰も立ち止まらないのに、ただ楽しそうに。
ジャカジャカと弦をかき鳴らしていた。






「名前は・・・つよし、だったかな」






つよし。
つよしって、まさか。
聞き覚えのある名前に胸が熱くなる。









「すっげぇ楽しそうだったから、ついつい通っちゃって」






でも、ある日。
突然剛が笑顔で俺に言ったんだ。








「ここは俺の居場所やあらへんかった。あるべき場所に戻るわ、っつって」








そんで渡してきたのがそのギター。
出会った時から片時も離さずに、触ろうとしたら勝手に触るなと憤慨したそれを。
いとも、簡単に。







「アイツがその『あるべき場所』に戻ったのかは今も分からないけど。きっと、戻れたんだろうなと思う」








太一くんの話を聞きながら。
俺の頭には光一の言葉が通り過ぎる。




















『死に場所はやっぱりここしかない、なんて大層なこと言って、オンボロギター弾きながら、あっけなく逝った』





















多分。
太一くんが会った人と、光一が探していた人は、同じ人だ。
繋がった糸に、脱力して。
思わずギターを抱きしめたら、涙がこみ上げてきた。





光一。
剛は、光一のところに還ったんだ。
『あるべき場所』だって、想ってくれてたんだ。






『僕に、弱味一つ見せもしないで』





違った。
剛にとって、光一が一番の弱味だったんだ。
自分の大切なギターを人にあげてまで、戻ってこようとした。
それが何より、一番の証拠。







・・・・・・よかったね、光一。











「・・・馬鹿、泣くなよ」



わしわしと太一くんの手が俺の頭を撫でる。
この人に話すことが出来れば、いいのに。
そしたら、剛がちゃんと『あるべき場所』に戻ったこと、言えるのに。



「アイツの分まで、お前が弾いてやりゃいいだろ」



そうだね。
このギターで、たくさんたくさん。
光一と剛の好きな音楽を奏でていければ、少しは慰めになるんだろうか。
がしがしと腕で涙を拭う。
霞んだ視界の中で、太一くんが何かごそごそ動いていた。
なに、やってんだろ。
手元を覗けば、ギターケースに何かを彫っている。





N・a・g・a・s・e。




長瀬。
あれ、俺の名前だ。





「長瀬のものの印。それにこうすりゃ話せなくてもお前の名前が分かるだろ?」



にひっと無邪気な笑みを浮かべて太一くんがそう言った。
その気遣いに胸がほこほこしてくる。



「話せなくたって、お前には歌があるんだし。絶対友達だって出来るさ。出来ないことなんて何にもないんだから」



な?と言い聞かせるようにして俺の背中を叩く。
痛い痛い。
でも、嬉しい。
太一くんはいつでも、俺の世界をどんどん広げてくれる。
まるで、太一くんとならどこまででも行けそうな気がする、そんな気持ちにさえなる。
感情を顔に出してぶんぶん頷いてみれば。
太一くんも俺みたいにたくさん、たくさん笑った。














ずっと隣で座っていたい。
ずっと太一くんだけ信じていたい。
そう、思えたのに。












































































次の日。
俺が目を覚ますと、太一くんの姿は無く。
部屋だけが寝る前と変わらずに残っていた。
どっか、行ったのかな。
朝ご飯買いに行ってるのかな。
寝ぼけ眼でそんなことを考えていたのだけれど。







そのまま、太一くんがこの部屋に戻ってくることは無かった。

















































ぽつん、と。
一人部屋に立ち尽くす。
部屋に残ったピアノと、貰ったギター。
ギターは俺が居るからいいけど、ピアノは持ち主が居なくなって、少し寂しそうだ。
俺も、寂しい。
太一くんが居ない。
それだけが、とっても寂しくて。
まるで、付いていた明かりがふぃっと消えたような。
ぽっかりと胸元に穴の開いたような、感覚。
つよしが居なくなった時の光一も、こんな気持ちだったのかな。
何も考えたくなくなる、腑抜けた心。












・・・・・・唄。





そうだ。
唄、歌おう。
最初に会った時、太一くんは俺の歌を聞いて来てくれた。
だから。





そう思って、ギターをケースごと抱えて外に出た。










































































いつもの路地裏を目指して、足を運べば。
そこにいつもと違うものを見つけて、立ち止まった。
風に揺れる花。
薄紫色のそれが、一束。
地面によく目を向ければ、微かに残る血の跡。
誰かが、亡くなったのかな。
しゃがみ込んで、手を合わせる。





どうか、安らかに。
傍で歌うから五月蝿いかもしれないけど、許してください。





心の中でそう呟き、ふいっといつも歌っている路地を見れば。






「・・・・・・よぉ」





突然、人が現れたから。
俺は驚いて、目を見開いて、ついでに口もパクパクさせていた。






「・・・・・・俺が、見えるのか?」





戸惑った感じの言葉に、大きく首を振って見せれば。
ホッとした表情を浮かべたから、こっちも一緒に安心する。
何処から来たんだろう。
髪の毛はツンツンしてるし、ピアスも開けて不良みたいだけど。
口がアヒルみたいで面白い。
それに、表情がくるくる回って、楽しい。
平常心を保とうとして、失敗しているのが分かる。
あはは。





じっとしてても会話が出来ないから、俺は当初の目的を果たすために、彼の横に立った。
息を吸い込んで、声を乗せて、吐き出す。
唄を、歌う。
ギターの音に合わせて、遠くへ遠くへ。
できるだけ遠くへ響かせるように。





聞こえて。
どうか、聞こえて。
太一くんの耳にだけで、いいから。






歌っている間。
不良っぽい彼は目を丸くして俺を見ていた。
なんだろう。
どんな反応だろう、これは。





そして。
その丸い目が、不意に揺らいで。
きゅうっと寄せられた眉。
ほんの少しずつ、潤んでくる瞳。
泣き出しそうな気配のそれに気をとられていたら。






急に物凄い衝撃が襲ってきて、俺は地面に倒れ込んだ。








目を向ければ、強面の男たちが居て、彼に殴られたんだと知る。
何度も何度も。
その衝撃に耐えながら、ギターだけはしっかりと腕の中に抱きこんで。
殴られ続けて、気が遠くなる。
気を失う前に誰かの叫び声を聞いた。
高めの、変な声。















そこから暫く、俺の意識は飛んでいたらしい。
気づけば不良な彼が5人くらいの男たちに向けて何かを言っていた。





「・・・・・・俺、ユーレイなんだよねぇ」






ユーレイ。
ユーレイって、誰が。
・・・君が?





NEXT


2008.8.11