[Tatsuya side]






夜も更けた頃。
泣き疲れた智也は昌宏の隣の簡易ベッドで眠り。
太一は簡易ベッドに寄りかかるようにして目を閉じていた。
月明かりで照らされる病室の中。
起きているのは茂くんと俺と、昌宏の3人で。
茂くんは昨日の仕事が堪えたんだろう、眠そうな眼差しで昌宏を見ている。





「シゲさん、ちょっと寝れば?」
「・・・せやけど」
「俺が起きてるから大丈夫だよ。何かあったらすぐ起こすし」





な、と同意を求めれば、小さく息を吐き。
少し困ったような顔をして、昌宏と俺を見た。





「じゃあ少しだけ、寝るな」
「うん、そうした方がいいよ。なぁ?」





昌宏に問いかけるようそう言えば、こっくりと頷く。
それを見て、茂くんはふわりと笑うと、太一の横に座って目を閉じた。
追ってすぐに聞こえる寝息。
よっぽど疲れてたみたいだな。
















俺も椅子の上でぐいっと体を伸ばす。
ずーっと座ってると体が鈍る。
昌宏も体、鈍ってんじゃないか。
俺が椅子に座ってるよりも長くベッドに寝てる、わけだし。











「体、大丈夫か?」












俺の問いにこくん、と縦に振られる首。
少し色素の薄い瞳が俺を映す。
悲しそうな色の、目。












































































































































『暖かくなるのって、どのくらい?』
『そうだなぁ・・・俺とお前の誕生日が終わって、桜が咲き始めた位かな。ざっと、四ヶ月ってとこか』
『・・・ずっと、先だね』




































































































































あの時も似たような目をしていた。
自分に残された時間を知ってたんだろう。
ずっと先だね、と。
口にした時の昌宏の顔は、未だに覚えている。
けれど、俺には。












































































































『俺、あったかくなるまで頑張るから。だから、そん時はまた俺を背負って海まで連れてってね』























































































































俺には。
今の昌宏の悲しげな瞳は。
海に行けるのがまだ先になるという事実に嘆いているんじゃなくて。
俺との約束が守れないことを申し訳なく思っているように見えた。
















































































































































































「・・・なぁ、昌宏」
「・・・な、に・・・?」
「海、行くか」

































































何度と無く言い続けた言葉。
けれど、医者にも、昌宏自身にさえも一度も頷かれなかった言葉。
小さい頃から昌宏は海を見たがって。
俺が来る度に、海の話をするよう強請った。
ウチは本当に貧乏だったから、家族旅行なんて数えるほどで。
しかもいつも近場でどうにかしてたから、海になんて行くこともなく。
俺はたまたま、バイト先が海に近いところだったから。
見える限り全てのことを昌宏に話すことが出来た。






「おいしゃ、さん・・・は?」
「知らねぇ」
「ちょ、あに、ぃ」
「着込めるだけ着込んで、俺の車に乗って、行くぞ」
「だめ、だ、よ」
「行くっつったら、行くんだ」
「だって、あに、ぃ・・・っおれが、もし、しんだ、ら」
「後のこと心配すんな。大丈夫だよ」





俺がもし自分を連れ出したら、責められると心配して。
昌宏は必死に俺を止めようとした。































































・・・なぁ。
もし、俺が責められても。
家族全員から罵られることがあったとしても。
俺にはもうその覚悟が出来てる。
小さい頃、お前を背負って山に入った時から、ずっと。
あの時はシゲさんに殴られて、太一にはわんわん泣かれたけど。
それよりも、俺は。
お前が行きたいと望んだ場所に連れて行けない方が、断然辛かった。
そうやって、さ。
今みたいに悲しそうな目をしてるお前より、山の頂上に辿り着いた時のキラキラした表情のお前が見たい。
お前が俺の行動でちょっとでも救われるのなら、幾らでも背負ってやる。
それが、家族として、兄貴として俺が出来る全てだと。
そう、思ってんだ。












仮眠用の毛布を何重にも巻いて、昌宏を抱きかかえる。
芋虫みたいだな、と言えば昌宏は笑った。
携帯用の酸素マスクを当て、頭には帽子を被せて。
行こうとした俺の背中にべしっと何か硬いものが当たった。















目をやれば、白いふわふわな毛のついた耳当て。















































「・・・それも、持ってき」


























暗闇に響くゆったりとした関西弁に、どきりと胸が鳴る。

























「・・・起きてたの、シゲさん」
「眠れるわけ、ないやろ。話してる声で起きてもうたわ」
「・・・・・・ごめん、俺」
「ええよ。どうせ昔みたく、諦めるつもりなんて無いんやろ?」
「・・・うん」
頷けば、ため息と、苦笑い。
そして茂くんは俺の腕の中の昌宏に目をやった。






「昌宏」
「・・・ん・・・?」
「海、たくさん見ておいで」
「・・・し、げる・・く・・・」
「達也のことは心配しなくてええよ。僕も達也と一緒に怒られたるからな」






ふんわりと浮かべた笑みは、酷く泣き出しそうに見えて。
それでも茂くんは何とか笑って。






「シゲ、さん」
「嬉しそうやったもんなぁ、昔、達也と昌宏が山に登って来た時」
「うん」
「そんな顔、僕もまた見たいんや」





そう、言って。
茂くんはぽん、と俺の背中を押してくれた。
その優しさに泣き出しそうになりながら、俺は病室を出た。
昌宏の嫌いな、白い空間の外に。















































































































































































































車で20分程かけて行った先に、海はある。
本当はギリギリまで横になっていた方がいいんだろうけど。
容態が変わったことにいち早く気づけるように、助手席に昌宏を乗せた。
暗闇の中、出来るだけ負担にならないようにと安全に安全を重ねた運転で。
夜の海は天候次第で全然見えないことがあるんだけど、今日は綺麗に晴れた夜で。
ぽっかりと空に黄色の月が映えていた。
それを見るだけで昌宏は嬉しそうに笑う。
つきー、とまるで小さな子どもみたいに声を上げたから、くしゃくしゃと髪の毛を撫でてやった。













「昌宏、前見てみ」













声をかければ、目線が前になって。
綺麗で大きな二重の瞳がぷわぁっと見開かれて、口元が笑む。








「あ、にぃ・・・これ、うみ?」
「そうだよ」
「わ・・・ぁ、うみー」







すごいねあにぃ、と。
途切れる言葉を一生懸命に紡いで俺に感動を伝えてくる。
キラキラと嬉しそうな顔。
小さい頃、山に登って景色を見た時のそれを思い出す。
ポケットから携帯を取り出して、フォト機能を起動させ、ぱしゃりと昌宏を撮った。
ぴろりんと音が鳴ったのにも気づかないほど真剣に、昌宏の視線は海に真っ直ぐ向いていて。
その痩せた横顔が、彼の命の短さを知りたくも無いのに教えてくる。
じっと見つめていると、つんと鼻の奥が痛くなって。
俺は昌宏にちょっと待ってろと言うと、車を降りた。




































































降りて、ぱた、と砂浜に落ちた滴。


























































・・・年を取ると涙腺が緩んで、駄目だ、なぁ。
大人になって、涙を流す回数は減った。
だけど、昌宏のことになるとたまに無性に泣けてくる。







抗えない運命。
努力や根性じゃどうにもならないことがあるのを初めて知ったんだ。
小さな弟のそれを見て。
出会った時から分かっていたことだった。
15歳まで生きられない、と言った医者の言葉が蘇る。
昌宏の両親は白い部屋の中で彼の寿命を延ばそうと必死だったらしい。
でも、茂くんは。
病室で寂しそうに寝ている昌宏を見て、眉を顰めた。














『あの子はあのままでええんやろうか』
『・・・どういうこと?』
『ずっと病室に押し込まれて、閉じこもって。外の世界を見ないまま永らえることがええこととは思えへんねん』
『・・・・・・うん』
『それなら、生きる時間が短くても、たくさんのことを見たり聞いたりした方がええんやないやろか』













どう思う?と。
茂くんに尋ねられた俺は、その時答えを出せなかった。
初めて出来た弟。
出来るだけ長く生きて欲しい。
かと言って、病室の中だけに閉じ込めておくのはあまりにも残酷だ。
でも、俺の一存でそれが決まって。
もしも昌宏が急に死んでしまったら。
そう思うと、なかなか決断することが出来なかった。
戸惑う俺を置いて、茂くんが昌宏の元へ行く。





『昌宏ぉ』
『なにー?しげるくん』
『僕な、お前とウチで暮らしたい思ってんねんけど、どうする?』
茂くんの問いに、昌宏は瞳をぱちくりと瞬かせた。
『うち?』
『せや。前に行ったやろ?』
『たいちくんとか、ともがいるところ?』
『おん。皆居るで』
ほんとう?!と嬉しそうに大きな声を上げる昌宏と、その横で優しく微笑む茂くん。
俺は、一歩下がったところでそれを見ていた。
茂くんは昌宏の命という責任を全て一人で背負ったんだ、と。
そんなことを思い、酷く後悔の念を抱きながら。





















昌宏を背負って山に登ると言った時、茂くんは俺を殴った。
お前にあの子の命が背負えるんか、と怒りながら。
でもその時、俺はもう決めてたんだ。
茂くんだけが昌宏の運命を背負う必要は無い。
俺も一緒に背負いたいんだよ、と。
そう言えば、茂くんは泣き出しそうな顔をして俺を見た。
そして、ぽつりと。












『今の僕は昌宏の両親と同じこと、しようとしとるんやな』















と、呟いた言葉と表情を、俺は忘れない。
多分、昌宏が居なくなっても、ずっと。
























































































































さくさくと音を立てる砂浜。
それを見渡して、俺は透明なビンを探した。
山に登った時もそうだったんだけど、出来るだけ昌宏に色々なものを見て欲しくて。
案外簡単に見つけたビンに、海の水を掬って入れる。
ついでにその辺に落ちていた貝殻も一緒に拾う。
つーか、寒ぃ。
持って急いで車に戻れば、目を丸くした昌宏が迎えてくれた。
ビンを差し出すと、首を傾げるから。
「海の水、持ってきた」
そう、言えば。
恐る恐る昌宏はそれに手を伸ばして、くん、と匂いを嗅いだ。





「・・・しおの、におい?」
「おう。舐めてみるか?」





ぶん、と首を縦に振ったのを見て、俺は自分の手の上にビンの中身を出す。
そのまま触らせると冷たいから、手で少し温めて。
ん、と手ごと昌宏に近づけてやれば、酸素マスクを少しずらして、ぺろ、と舐めた。
途端、きゅうっと瞑られる瞳。





「しょっぱ・・・っ」
「あははは。前に言ったろー?」
「こんな、に?」
「そうだよ。海はお前の初めて作った料理と一緒」
まるで塩をぶちまけたスープみたいだろ、と意地悪く言えば、つんと尖る唇。
どうやら拗ねたらしい表情に、思わず顔が緩んでしまう。





可愛い弟だ、本当に。
でかくなるにつれて、素直じゃないところが増えたけれど。
ぶっきら棒な中に見える気遣いに、家族全員が気づいていた。
多分、昌宏もそれを知っていたんだろうと思う。
その気遣いにお礼を言ったり、褒めたりすると、ぷいっとそっぽを向きながらも耳を赤く染める。
それが、昌宏の嬉しさの表現方法だったから。







寄せては返す、波の音。
しばらく毛布に包まった昌宏と一緒に、それを聞いていた。









































































































































































































































昌宏を背負って病院に戻ると、茂くんが俺たちを迎えてくれた。
どうやら、一睡もせずに待っていてくれていたらしい。
いつの間にか智也も太一も目を覚ましていて。
ベッドに昌宏を寝かせると、家族全員がそこを囲むようにして座った。
真夜中の病院は静かで。
だけど、家族が揃うと途端に騒がしくなる。





「マボー海、どうだった?」





しきりに行った先のことを聞きたがる智也。





「達兄は無茶しすぎ!悪化したらどうすんのさ!」





目の端を赤くさせて俺に説教をし始める太一。





「よく頑張ったなぁ、昌宏」




にっこりと日向のような笑みを浮かべて、昌宏の頭を撫でる茂くん。


















そして、俺と。
囲まれて嬉しそうにしている、昌宏。
当たり前の光景。
いつもと変わらない、それは。
多分これが最後なのだろうと、家族全員が知っていて。
だからこそ、全員が普段どおりに振舞った。
他愛も無い会話をして。
時には茶化して、大声を出して、茂くんに叱られながらも。
この時がずっとずっと続けば良いのに、と思いながら。





























































































































「・・・・・・あ」

































































































智也が声を上げる。
目をやれば、昌宏の瞳がとろんと溶けそうになっていて。
逝ってしまうのだと、誰もが悟った。
太一と智也は形振り構わずボロボロに泣きながら昌宏に縋りついて。
茂くんは昌宏の頭を撫でながら、
「おつかれさん、マボ」
と言い、涙目になってふぅわりと優しく微笑んで。







俺は。
どこか冷静にじっとその様子を見ていた。
瞬けば、頬に伝うもの。
・・・悪ぃ、昌宏。
茂くんみてぇに笑って見送ってやれればいいのに。
頬のそれを拭わずにそのままにしてじっと目線を昌宏に集中させていたら。
昌宏の口元が小さく動く。
気づいたのは多分、俺だけだったと思う。













泣かないで、でもない。
ありがとうの言葉でもない。
ただ。





























































































『ばいばい』






























まるで明日もまた会えるような、そんな雰囲気で。
そう、言っているように見えた。

























































ばいばい、昌宏。
60年後位には会えるだろうから、その時まで。
一番に会ったら、また一緒に海に行こうか。
今度は、家族全員で。





そんな思いを込めて。
もう力の無くなった昌宏の手を取り、小指に自分のそれを絡めて、小さく振ってみせた。






END
・・・・・・重!!!(死にネタですから)
当初考えていた話は最後マボサイドで終わる予定だったのですが、kira☆さまがリズム隊がお好きということで、急遽別のお話を入れさせていただきました。
や、もう兄ぃが暴走するする!(え)
そして思った以上に末っ子ベイベがたくさんに。
かなり長くなってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?
少しでもご希望に添えていると嬉しいですv
kira☆さま、長い間お付き合い&アンケートリクエストありがとうございましたー!
2007.7.28