「やだーーーーーーー!!!!!!!!!!」
「オーイ、そこ暴れなーい」
にっこりと笑いながらヨシヒコの耳を引っ張るお医者さん。
手にはキラリと光る注射針。
「あででだだだだ!!いたいっいたいよぉサカモトくーんっ!」
じたばたと更に暴れだすヨシヒコに、俺は慌てて医者に抗議をした。
「あの・・・頼むからもっと大事に扱って・・・・」
「飼い主さんは黙っててください?」
笑っていない笑顔を向けられ。
どっかの誰かを思い出しつつも、反射的にこくんと頷いてしまった俺。
そしてそれを見てヨシヒコが絶叫した。
「サカモトくんのうらぎりものーーー!!!!」































































































どうしてこんなことになったのか。
話は2日前に遡る。





































「坂本ぉ」
仕事が一段落した頃。
どかっと椅子に腰を沈め、煙草を銜えてまさに火をつけようとした時。
奥から茂くんの呼ぶ声がして、そっちに向かう。
「なに?茂くん」
「坂本んちのヨシヒコくん、首輪もろたやろ?」
確かめるまでもないことをわざわざこの人は。
俺は煙草を銜えたまま口の隙間でため息をついて見せた。
「あのさー」
「なんや」
「ついこの間、見せに来ただろ」









そう。
騒がしい少年たちが訪れた後。
首輪をつけたヨシヒコはいいだけ俺に「似合う?似合う?」なんて連呼して。
呆れた俺を尻目に、マサヒロにも見せたいと言い出し。
自らフードつきパーカーを羽織って、行きたいと駄々をこね出した。
当然、仕事までまだ時間のある俺はベッドに潜って二度寝を決め込もうと思ったんだけど。
上に乗っかられてジャンプされるわ、布団を剥がされるわ散々で。
怒ったら怒ったでうるうる泣きそうになるし。
仕方なく仕事でもないのに外に出る羽目になって。
店に行ったら、茂くんはまだ寝てて。
インターホン連打でどうにかして起こし、寝ぼけ眼の二人にお披露目した、というわけだ。
説明終了。












「や、それを確かめたかったんやなくてやな」
ちゃうちゃう、と顔の前で手を振る茂くん。
俺は煙草に火をつけながら首を傾げた。
ちり、と先端を赤い光が燃やしていき、白煙を吐き出す。
「なんだよ」
「これ、まだやろなー思て」
言われてほい、と手渡されたのは、予防接種の紙。
『いちねんにいっかい、かぜをひかないためによぼうせっしゅをうけましょう』
子供向けの優しい言葉づかいで書かれているそれに、脱力する。
「・・・俺、子どもじゃねぇし。予防接種なんて年に一回ちゃんと受けてるぜ」
「坂本やないねん。ここ、見てみぃ」
指差された箇所には、小さく『いぬにんげんせんよう』という表記があった。
そういえば所々に『かいぬしさんといっしょに』なんて言葉が散りばめられてある。







あー、そうだよな。
犬人間っていうくらいだし、人間みたいなこともするよな。
俺はぎゅっと灰皿に煙草を押し付け、紙を凝視した。
何でも、犬人間は犬と人間のハーフだから病気にかかると大変らしい。
へぇ。






「茂くんはもう行ったのか?」
「おん。今日、マサヒロと一緒に行ってきてん」
にっこりと笑う茂くん。
しかし、当のマサヒロの姿はない。
「マサヒロ、どこ行ったんだ?」
「二階で泣き疲れて寝とる」
「泣き・・・・」
「予防接種やもん。注射、嫌がってん」
子どもみたいで可愛かったでーvと親馬鹿発揮しまくりの茂くんだったけど。
マサヒロ的にはかなりの衝撃だったらしい。
なんてったってヨシヒコに負けない程五月蝿いやつなのに、うんともすんとも言わないのだから。
「・・・茂くん、嫌われたんじゃねぇの?」
「マサヒロのためにやったんやから、嫌われる筋合いないわぁ」
のんびりした口調でけらけらと笑う。
ま、そうだよな。
病気にかかったら大変だし。
・・・・泣かすのはかなり忍びないけど。
「ヨシヒコくんまだ小さいしほっそいし、しとくのに越したことないんちゃう?」
「・・・・そーだな」
ヨシヒコの姿を思い浮かべて頷く。
まだ生まれたばっかだって言ってたし。
子どもならなおさら、しといた方がいいよな。
「大丈夫やって。僕の友達の病院やし、腕は保障するで」
茂くんのお墨付き。
今までに外れたことのないそれに、俺は二つ返事で応答した。





































そんな前フリがあり。
俺はヨシヒコを病院に連れて行くことにしたのだった。
嫌がるかな、と思ったらそうでもなく。
というか、ただ単にヨシヒコが病院というものを知らなかっただけで。
帰りにたこ焼きを買ってやる、という約束をしたらあっさりと承諾した。












・・・・知識をつけた来年がかなり不安だけど。













で、冒頭に戻るわけだ。



































「みみいたいみみいたいみみいたいーーーーっ!!」
「はいはーい。痛いねーごめんねー」
絶対そう思ってないのに謝る先生。
名札を見たら国分太一って書いてある。
うわ、なんかすげー偉そうな名前だなこの人。






ヨシヒコの耳を引っ張ってる間、彼は片手で器用に注射の用意をして。
ぎゅーっと目をつぶって痛みに耐えてるヨシヒコの腕にすっと針を刺した。
そこに絆創膏を貼って、終わり。
国分先生はヨシヒコの耳から手を離して頭を撫でる。
キョトンとして先生の顔を見上げるヨシヒコ。







「偉いね、ヨシヒコくん。注射終わったよ」
「え・・ちゅうしゃ、おわったの?」
「うん。これで一年は大丈夫だから、安心してくださいねー」
ヨシヒコに笑いかけながら、俺に言う。
「ど、どうもありがとうございます・・・・」
「いえいえ。ヨシヒコくん、これあげる」
先生がヨシヒコに手渡したのはまん丸の黄色いキャンディ。
俺は甘いものを食べないから、ヨシヒコにとっては初めてのお菓子で。
ふんふん、と匂いを嗅いで首を傾げた。
「これ、なぁに?」
「これはキャンディだよ。口に入れて舐めると美味しいんだよ」
言われて、ヨシヒコは紙からキャンディを取り出して、口に入れた。
もごもごと口を動かして、目を丸くして俺と先生を交互に見る。
「おいしい!」
「でしょ?」
頑張ったご褒美だよ、と国分先生はもう一度ヨシヒコを撫で。
ヨシヒコは口をモグモグ動かしながら、気持ち良さそうにそれを受け入れた。



















































































































病院を出ると、丁度夕日が地平線に消えていくところで。
空が綺麗なグラデーションを描いている。
「きれーだねー」
足元からヨシヒコの嬉しそうな声がして。
俺は下に目を向けた。
振れている尻尾が俺の足を軽く叩いていて、痒いような気持ちいいような。
にこにこしながら俺を見上げているヨシヒコの手をとり、足を進める。






「サカモトくんのて、おっきいねー」
「お前の手が小さいんだろ」
「おれも、サカモトくんみたいなおとなになれる?」
「たくさん食べてたくさん寝たらなれるんじゃねぇの?知らねぇけど」
「じゃあ、たくさんたべてたくさんねるね!」
「おーそうしろそうしろ」






俺の素っ気ない言葉にもめげずに笑顔なヨシヒコ。
勝手に思いつくままに喋っては、俺の相槌を嬉しそうに聞いてる。
子どもが苦手な俺だけど。
この会話の応酬は、嫌いじゃない。
どこか、心地よささえ感じるくらい。






「きょうもおしごと?」
「あぁ。お前、茂くんとこ行くか?」
「ホント?!」
目をキラキラさせて俺を見るヨシヒコに、俺は頷いてみせた。
2日前、予防注射の話と一緒に話したんだ。
営業中はマサヒロも一人ぼっちになっちゃうから、ヨシヒコと遊ばせたらどうかって。
最初は申し訳ないから断ったんだけど。
マサヒロも喜ぶし茂くんも助かるっていうから、お言葉に甘えることにした。
家で一人にしておくより、店で仲良く遊んでて貰った方が俺も気が楽だし。
なにより、寂しがり屋のヨシヒコが喜ぶだろうから。
「マサヒロもいる?」
「いないはずないだろ。ただし、静かに遊んどけよ」
「はーい!」
元気いっぱい返事をする。






・・・こいつは本当に返事だけだからな。
マサヒロも元気だし。
心配だ。







「あ!サカモトくん、たこやきはー??」
「えー・・・めんどくせー」
たこ焼きを売る店はここからちょっと遠いところにあった。
もうすぐ仕事だし。
遠いし。
行きたくねぇ。
そんな俺の態度に、ヨシヒコは不満そうに頬を膨らませる。
「たこやきたべないとおっきくなれないじゃん!!」
「・・・誰が決めたよそんなこと」
「おれ」
自信満々に言われましても。
「・・・・・・・・・・たこ焼きでもご飯でも食べりゃ大きくなるんだよ」
「え、そうなの?」
「俺が嘘つくと思うか?」
「つかない!」
だってやくそくしたもん、とヨシヒコはにぃっと笑いながら言った。
ホントにコイツは俺の言葉をよく覚えてるな、と思う。
ひょいっと抱き上げれば、むぎゅうっとしがみつかれた。







「おま、ちょっ・・・抱きつくなよー!」
「えへへ、サカモトくんすきー!だいすきー!」
「・・・・・・・ばぁか」






夕日に溶け込むようにして道を歩きながら。
ヨシヒコのぬくもりを身体で感じながら。
仕事に行くのが初めて楽しみに思えた俺だった。





END
2006.11.22