スケッチブックの中のしあわせ











最近、ウチのワンコは新聞に挟まったチラシを見るのが大好きだ。
本当はテレビが好きだったんだけど、変な言葉を覚えるから禁止にした。
そうしたら今度は別のものに乗り換えたらしい。
見れないからってそのまま落ち込まないのがヨシヒコらしいけど。
俺が仕事から帰ってきて、ぱつんと郵便受けから新聞を取ると、それを見て目をキラキラさせる。








「サカモトくんサカモトくんっ」
「何だよ」
「きょうはじゃぱねっとたかたのチラシがはいってるんだよ!そうちょうだよ!」





妙に興奮した様子で俺にそう伝えるヨシヒコ。
いや、っていうか。
それどうでもいいし、俺。





「・・・お前通販したいとか言うんじゃねぇぞ」
「ツウハンってなにー?」
こてん、と首を傾げて俺を見上げるヨシヒコに、ホッと安堵しながら。
俺は新聞の間に挟まっているチラシをヨシヒコに手渡した。
それを両手で大事そうに持って、ありがとうサカモトくん!とちゃんとお礼を言ってから、アイツはとてとてと走っていった。
ふるふると揺れる尻尾を見ながら、コーヒーを入れるためにお湯を沸かす。











































に、しても。
何を見てんだアイツは。
































お湯が沸く間、興味本位でヨシヒコを追いかければ。
ぺちゃんと座って、何が楽しいんだか鼻歌を歌いながらチラシを選り分けていた。
ぽいっと放り投げたものを手に取れば、車だったり新居のご案内だったりして。
あれ、こういうのは要らないのか。
男の子だから車とかそういうものに興味を示してるとばっかり思ってた。
っていうかお前、片付けろよ。
ぶちぶち言いながら放り投げられたチラシを拾っていく。
ヨシヒコの手元に残ったのは、さっき言っていた某通販会社のチラシと、スーパーの特売チラシ。
それを見ていたかと思いきや、俺に気づいてくるりんと勢いよく振り返ってきた。
うお。











「ねぇねぇ、サカモトくんっ」
「何だ?」
「サカモトくんはさー、みっかぶんのいんすたんとらーめんと、おれのかくにがおえ、どっちがいーい?」
「・・・・・・?」













意味が分からない。
それが某通販会社のチラシに何の関係があるんだよ。











「マサヒロはね、ぜったいらーめんのほうがよろこぶっていうんだけど、おれはサカモトくんのにがおえ、かきたいんだぁ」
にへら、と笑うヨシヒコにつられて、俺の頬も緩む。
尻尾はぱたぱたと忙しなく床を叩いて、耳はひょこひょこ。
楽しそうだなぁお前。







「そうだなぁ・・・俺はお前が好きな方でいいけどな」
「すきなほう?」
「おう。お前が俺にあげたい方でいいよ」
「じゃあ、にがおえかくね!」
ふにゃんと笑って手元のチラシを畳み、俺に渡す。
え。









「いいのか?これ」
「うん!もう、いいんだー」
マサヒロにえかくどうぐかりなきゃ、と俄然張り切るワンコが一匹。
絵、か。





























































あれ。
そう言えば、ウチにも何かあった気がするなぁ。
絵描く道具とか。

























「ちょっと待っとけ」
「なにー?」
歩き出す俺の後をひょこひょことついてくる。
俺は戸棚の前で立ち止まり、ダンボールを一つ取り出した。
確か、この中に。
わしゃわしゃと中身を漁っていると、古ぼけたスケッチブックが出てきた。
追って、たくさんクレヨンが入った箱も。
少し埃被ってるからぱたぱたと叩けば、一緒に覗き込んでいたヨシヒコがへくしゅっとくしゃみをする。
「んむぅ」
「悪ぃ悪ぃ。ほら、これやるよ」
手渡せば、嬉しそうにスケッチブックを受け取って。
ぺらりとページを開いたヨシヒコはあれ、と声を上げた。
「どした?」
「もう、え、かいてるよー」
ほら、と見せてきたそのページには。
クレヨンを使って書かれた、自分の描いた絵が載っていた。
懐かしくなって、ヨシヒコの手からスケッチブックを受け取って見る。











丸が、2つ。
多分人らしきもの。
それぞれに表情があって、手を繋いで笑っている。
何を書こうとしていたのか、一発で思い当たってしまって。
俺はその絵の上をそっと撫でた。






















































































































これを描いた時の俺はどんな気持ちだったんだろう。
きっとまだ、母親が笑ってくれていた頃だ。
俺も母親が大好きで、たくさん似顔絵を描いていた覚えがある。
描いて見せる度、昌行は上手ねって。
あの人が笑ってくれていたのが嬉しくて、たくさん。
父親が居なかった俺にとって、家族は彼女一人だけだった。
一人だけ、だったんだ。






















































































ぱちくりと俺の顔を見つめるヨシヒコに気づいて、笑ってみせる。
コイツには言っても、わかんないし。








「これ、俺が描いたんだ」
「サカモトくんのえー??」
「うん。多分、5歳くらいの時」
「ご、さい?」
「えーと、お前が今まだ0歳だからなぁ。俺がお前みたいに小さい時、かな」
「サカモトくんもちっちゃかったの?」
「そりゃそうだろ。人間はみんな最初はちっちゃいんだよ」
「ふぅん」






ぱたり、ぱたり。
さっきよりゆったりと揺れている尻尾。
ヨシヒコは珍しくそれ以上俺に何も聞かず、スケッチブックの絵を見つめていた。
見つめていて、不意に俺を見上げる。
首を傾げてみれば、ぎゅうっと抱きついてきた。








「・・・・・・どした」
「あのねー」
「うん?」
「これがおれで、これがサカモトくんだったらいいなっておもったんだぁ」








でもちがうんでしょ、と。
あまりにも寂しそうに言って俯くから。
たまらない気持ちになってそっとヨシヒコの髪の毛を撫でる。
そういやコイツ、親、知らないんだっけ。
犬人間は皆そういう運命だってのは聞いたことがある。
その代わり、出会った飼い主が親になるんやって、茂くんが言ってたけど。
俺はコイツの親代わりになれているんだろうか。
・・・ハッキリ言って、自信は無い。
俺自身、親からの愛情は小さい頃の記憶で止まってるし。
10歳から先は、専ら茂くんだし。
っつっても俺は茂くんからの愛情をことごとく拒んでたもんだから、余計に。


















少し、考えて。
俺はスケッチブックの白紙のページを開き、そこにクレヨンで絵を描いた。
抱きついているヨシヒコは俺の作業をじぃっと見つめている。





丸が二つ。
大きな太陽と、雲。
ペットと飼い主が手を繋ぐのはおかしいかな、なんて変にこだわりながらも。
丸の中は馬鹿みたいな笑顔を浮かべた表情を描いて、正味5分くらいで二人が並んで歩いている絵が完成した。
この絵の中の二人は紛れも無く、俺とヨシヒコだ。









「ほれ」
「これ、おれと、サカモトくん?」
「そうだよ」
「ほんとうの、ほんとうに?」
「本当の本当に」







大きく頷いて見せたら。
ヨシヒコはスケッチブックを持ってうわーい!と声を上げて高く飛び跳ねた。
ああもう、腹見えてるし。
それでも表情がすっげぇ嬉しそうで。
身体中で俺に自分の嬉しさを伝えようとしている。
だから、俺も一緒に嬉しくなるんだろうな。














































































































・・・もし。
もし俺がヨシヒコみたいにあの人に嬉しかったことをこうやって伝えてたら。
あの人は今も横に居てくれたんだろうか。
・・・・・・なんて。
今更、遅いのだけれど。































































































「サカモトくーん!」
「んー?」
「これ、おれのえのとなりに、はってよぉ」






スケッチブックを掲げてぴょこぴょこ跳ねているヨシヒコ。
重い腰を上げて近づき、それを受け取った。
や、俺の絵を自分の家に貼っても、なぁ。
長野が来たらまた何か言われそうだ。
ヨシヒコの絵を貼ったことで、しばらく俺の名前の前に親馬鹿つけてきたくらいだし、アイツ。
今度はさしずめ、ナルシストってとこか。










・・・・・・すっげぇ嫌。












「駄目。これは貼らないの」
「えー!はってくれよー!」
「だーめー」
「うー」








ぷくーっと頬を膨らませて、俺を睨んでくる。
んな顔したって怖くないっつーの。
スケッチブックを返すと、へにょんと耳が残念そうに垂れて。
それでも、俺の描いた絵のページを開いて、ずっと見つめていた。









「・・・そんなに、嬉しいか?」
「うんっ!だって、おれとサカモトくんだよー?!」
「・・・だっての意味がよく分からねぇ」
「このなかではずっと、いっしょなんだよー!」











この中では、ずっと。
ヨシヒコのこの言葉に、ハッとする。
全く同じ思いを抱えながら、クレヨンを握っていた自分を思い出した。












































































































































































昌行は上手ね、と。
あの人が俺にそう言ってくれるのは、毎回じゃない。
仕事から帰ってきて、ほんの少し顔を合わせる時間だけ。
俺が何枚描いたとしても、あの人が見るのはその時開いているページたった一枚だけで。
それでも、俺が絵を描き続けることを止めなかったのは、きっと。
いつかこの絵と同じようになる時が来ることをどこかで願っていたからだ。
俺は褒めて貰いたくてたくさん描いていたんじゃない。
寂しくて、寂しくて。
それを紛らわせようとして、絵を描いていた。
唯一、一緒に居ることの出来るスケッチブックの世界に逃げていたんだ。































































































ヨシヒコにまで、そんな想いはさせたくない。
とは言っても、俺も仕事でコイツを一人にしている。
いくらマサヒロや茂くんが居るっていっても、親代わりの俺は殆ど一緒に居ることはないから。
だから、ヨシヒコはスケッチブックの絵に寂しさを預けようとしてるんだろうか。
・・・小さい頃の俺のように。










「・・・ヨシヒコ」
「なぁに?」
「今・・・寂しいか?」
尋ねれば、キョトンとしてから首を横にふるふると振った。
「さみしくないよ!サカモトくんいっしょだもん!」
言ってぎゅむっと抱きついてくる。
スケッチブックは名残惜しさの欠片も無く床に捨てられた。
とりあえずスケッチブックに依存してないのは分かった。
・・・惜し気もなくぽいっとされるのはちょっと、いやかなり悲しいけど。
俺、頑張って描いたんだぞ、お前のために。
自分より体温の高い身体をぎゅうっと抱き返して。
髪の毛を撫でてやれば、にかっと太陽みたいに笑った。
悪びれもない笑顔ってこういうのを言うんだな。
実際、悪いことをしたなんて全然思ってないと思うけどね。







「やー、お前さぁ」
「なにー?」
「ほんっと楽しそうだよなぁ」
「たのしいよー!」








だってサカモトくんと一緒だもん、とヨシヒコは言う。
何でも俺が一緒だったら楽しいのかよコイツは。
単純なヤツ。
そう思いながらも、どこか嬉しく感じている自分が居て。
それを認めるのが何だか悔しくなってきて、照れ隠しにヨシヒコの髪の毛をぐっしゃぐしゃになるくらい掻き混ぜてやった。






























俺は現実でも、ずっとお前の傍に居るよ。

















そう、心の中で呟きながら。










END


2007.7.5