どうして人間は節度というものを知らないのだろう。
俺みたくきちんと管理できる人ばっかりだったらいいのに、と思う。
例えば、この人。
「ここ、いえか〜???」
「・・・・・・」
俺の友人の坂本昌行、30歳。
仕事の酒に飲まれたわけじゃない。
彼はプロだから。
ただ、その後に店で飲んだ量が半端じゃなかった。
俺は坂本くんを引きずるようにして彼の家にたどり着いた。
タクシー代は後で10倍請求でもしておこう。
「オカエリオカエリサカモトくんっ!ってナガノくんもオカエリ!!!」
「ただいま、よっちゃん」
尻尾をパタパタさせて猛ダッシュで玄関に走りこんできたよっちゃんにご挨拶。
この子も元気だなぁ。
「サカモトくん、どうしたのー?」
「うー・・・・・」
「ナガノくん!サカモトくんがまっかでぐったりしててタイヘン!!!」
急に笑顔が困った顔になるよっちゃん。
表情がくるくる回るから、見てて飽きない。
「それ、自業自得って言うんだよ」
「ジゴウジトク?」
「こうなってるのは坂本くんの所為だってこと」
「へぇ〜」
そうなんだーと言いながらも心配そうな雰囲気は消えない。
「ヨシヒコ・・・みず持ってきれくれ・・・」
「みず!みずねー!」
もう呂律の回っていない坂本くんの言葉に、よっちゃんは居間に走って消えていった。
「なぁがぁのぉ〜〜〜〜〜みずぅ〜〜〜」
「はいはいはい。今よっちゃんが行ったから。そこで座ってなさい」
玄関に彼を置いて帰るわけにもいかず、俺はため息をつきながら彼の横に座った。
何か辛いことでもあったんだろうか。
坂本くん、何にも言わないから。
長い付き合いでも、わからないことだらけで。
本当に友人として傍にいるのか、不安になる。
「みず、もってきたよー!!」
よっちゃんの声が聞こえて、ホッとして振り向くと。
見えた情景に愕然とする。
「よ、よっちゃん・・・・!」
「なにー?」
「・・・それ、掃除用のバケツ・・・」
うんしょうんしょ、と両手で一生懸命バケツを運んできた。
中には半分くらい水が入って、揺れてる。
「あのね、それは掃除の時に使うもので、水飲む時に使うものじゃ・・・」
「ちゃんとあらったからきたなくないもん!」
あー、だから時間かかってたのかー・・・って。
そ、そういう問題じゃないっ!!!
「ながのーーー」
「はいはい!!」
こうなったら俺が持っていくしかないと立ち上がったんだけど。
同時によっちゃんがひょこひょこ、バケツを持ったまま坂本くんに近づいた。
「サカモトくん、これ、おみず!」
満面の笑みで差し出されたバケツ。
それを凝視している坂本くん。
どんだけ酔っ払ってても常識くらいはわかるだろう。
そう、タカを括っていたんだけど。
坂本くんの目が。
よっちゃんに向いて、じわりと潤んだ。
・・・・おい。
「お前、優しいなぁ・・・」
「やさしい?でへへ」
おい。
「さんきゅーな」
「うん!!」
おい。
「いただきまーーーす」
おおーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!
俺の心の叫びも空しく。
坂本くんは掃除用バケツの水をごくごくと飲み干してしまった。
「あー・・・飲んじゃった・・・」
「・・・・っぷはー・・・・あー・・・おやすみぃ・・・」
ぱたり、と身体を倒し、床に顔を付けたまま坂本くんは目を閉じる。
「ここ、ねるとこじゃないよー?」
よっちゃんが困ったように俺を見上げた。
頼られても困るんだけどな。
俺は何度目になるかわからないため息をついてみせた。
「もうここで寝かしとくか。毛布持ってくるね」
「うん」
こっくんと頷いたよっちゃんの頭を撫で、俺は部屋の奥に進んだ。
毛布毛布っと。
坂本くんのベッドから探し出して手に取り、戻る。
毛布持ってきたよ、って。
声をかけようとして、とどまった。
よっちゃんがそろそろと坂本くんに近づいて。
しゃがみ込んだのが見えたから。
耳はひょこひょこ。
尻尾はパタパタ。
わんこ同然の行動に、そういえば犬人間だったっけと今更思った。
「・・・サカモトくん、たくさんつかれたんだね」
こてん、と首を横に傾げて。
それから坂本くんの頭をぎこちなく撫でる。
小さな手。
なのに、とっても大きな優しさを持ってる。
そんな気がした。
よっちゃんの行動に、坂本くんが小さく身じろいで、唸る。
「あしたはきっと、いいことあるよ」
よっちゃんがそう言ったら。
坂本くんの手が。
無意識か意識的かはわからないけど。
ふわり、と浮いて。
その隙間にするりん、とよっちゃんが入り込んだ。
「・・・・ぅえ、へんなにおい」
顔を顰めるけど、それもほんのちょっとの間で。
ぴくぴくと動いていた耳が、へたっと垂れる。
・・・・・・・寝ちゃったのかな。
そろり、と近づくと。
ふにゃんと目を閉じたよっちゃんと。
そのよっちゃんを抱きしめるように眠っている坂本くんがいた。
幸せそうな顔、しちゃって。
そんな顔、俺にだって見せたことないのに。
二人を起こさないように毛布をかける。
そのまま静かに彼らの横に座って。
俺もこの二人の中に入りたいな、なんて。
思ってから苦笑した。
それは余りにも、子どものような気持ちだったから。
「・・・・ふぇ」
ぱかり、とよっちゃんの目が開く。
・・・開いてんのかな、これ。
きょろきょろと何かを探しているようで。
手を一生懸命に伸ばして。
ぎゅう
よっちゃんが掴んだのは、俺の服。
え。
ちょっと。
俺、帰れないの・・・?
解こうとしても、無理で。
諦めてよっちゃんの頭を撫でると、また目を閉じてしまった。
自然と、笑みがこぼれる。
「・・・・よっちゃんには敵わないなぁ」
そう呟いて。
俺は毛布をずらして、二人のように床に寝そべった。
修学旅行みたいだなって楽しい気持ちになりながら。
ふうっと意識が遠のいていく。
最後に残ったのは、よっちゃんの手のぬくもりだった。
次の日。
毛布のかかりきっていなかった坂本くんが体調を崩し。
二日酔いも手伝って仕事を休んだのは別の話。
さ、今日もラーメン食べに行こうっと♪
END