家に帰った俺は軽く湿ったコートを脱ぎ捨てた。
突然降ってきやがって。
俺が家のドアを閉めた途端、本降りになった感じだ。
バケツをひっくり返したような、そんな雨。
ぶるり、と体が震える。
「・・・・とりあえずシャワー入ろ」
タオルを片手に浴室に向かう。
今日も仕事あるんだから、風邪なんか引いちゃ大変だ。
ナンバーワンがいるかいないかで客の入りだって全然違うんだし。
シャワー入って、酒でも引っ掛けて、寝よう。
うん、そうしよう。
一人で納得して服を脱いだ。
シャワーを浴びながらふと気づく。
何か。
何か、足りない。
そう思って見たのは、自然と自分の足元。
・・・・・・・・あー。
いっつもまとわりついて離れないアイツがいないから、か。
おれもいっしょにはいるーって五月蝿くて。
浴槽に入れないことを条件に一緒に入って。
シャンプーの泡が目に入ったり、泡で滑って転んだりしていっつも大騒ぎだから。
連れて来なくてよかった。
そのおかげで今日はスムーズに風呂に入れる。
何か寂しいのはアイツがいつも無駄に五月蝿いから、なんだ。
普通は、アイツを拾う前の俺の生活じゃあこっちが当たり前だったのに。
って、おい。
「ペットレスかよ・・・・」
言ってみて、その通りだったことに腹が立つ。
浴室から出て、朝風呂用にお湯はりもしておきながら。
あーもう。
とっとと寝よう。
こんな日は寝て忘れるに限る。
時間が経つのも寝た方が早いし、変な想像しなくて済むし。
・・・・・・・変な想像ってなんだ俺。
居間に戻ると。
ブーブーと何かが振動する音がした。
あ、携帯鳴ってる。
確かコートのポケットに入れてたはず・・・あ、あった。
手にとって開けば、茂くんからで。
ぷち、とボタンを押して応答した瞬間。
『坂本っ!!お前今まで何しとったんやーーーっ!!!』
茂くんの怒鳴り声が耳に通って、キーンと耳鳴りを残して去っていった。
え、なに。
そんな怒られることした?
「シャワー入ってた、けど」
『何悠長なことしよんねん!大変や!』
「なにが?」
『よっちゃんが坂本追いかけて出てってしもうたん!』
その言葉に。
一気に俺の頭の中が何もない空間になった。
「は・・・・?」
『坂本が店を出てすぐやからもうそっち着いとると思うんやけど!』
「いや、見てねぇ・・・・」
携帯を片手に玄関に行き、ドアを開ける。
ドアに凭れて丸まっていてくれればよかったけど、姿形はどこにも見当たらない。
っていうかヨシヒコ、一人で家に帰ってきたことあったっけ。
いっつも俺と一緒で。
あ、一回帰ってきたことがあった。
そん時アイツ、サカモトくんのにおいするからまいごにならないもん、って。
そこまで匂いキツイか俺って気にしたら、アイツがぶんぶん首振って。
おれ、いぬにんげんだからはなきくんだ、って。
現在の天候は、雨。
ああそういえば警察犬の特集かなんかで、雨は犯人の匂いが消されて大変だって言ってたような、気が。
そこまで色々持っている限りの知識を振り絞って、はたと。
ヨシヒコが自力で帰ってくる術がないことに気づいた。
「・・・・・・・・・・茂くん」
『なんや?!』
「・・・・・・・アイツ、迷子だ」
大慌ての茂くんとの通信を早々と途絶えさせて。
俺は家の外に飛び出した。
玄関にある傘が目に入ったけど、それを広げる時間すら惜しくて。
だって、ヨシヒコが迷子で。
一人で不安になってるんだから早く見つけてやらねぇと。
滝のように落ちてくる雨が目に入って、視野が霞む。
べったりと張り付く服が気持ち悪いけど、構うもんか。
「ヨシヒコーーーー!!!」
名前を叫びながら、来た道を戻っていく。
顔に垂れてくる雨を拭って、十字路を確認しながら。
どっちに行ったか皆目見当つかねぇ。
アイツが行きそうなところ。
どこだ。
たこ焼き屋?
んなわけねぇ、あそこは遠い。
公園とか。
や、公園デビューはまださせてないし。
「ヨシーーー!ヨシヒコーーっどこだーーー!!!」
俺の声もきっと、雨の音にかき消されてる。
成す術のない現状に、焦りだけが募っていく。
どうして一人にした。
寂しがり屋で、俺がいないとすぐに不安になることなんて、わかってたのに。
勝手に長瀬に嫉妬して、楽しそうにしてるから大丈夫だろうって勝手に店に置いてきた。
・・・・・・・・・・・全部、俺の都合じゃねぇかよ。
ヨシヒコは一言も店にいたいなんて言ってなかったのに。
「ヨシヒコーーーーーっ!!」
声が掠れてきても構わず振り絞った。
届いてくれ。
名前呼んだら、いっつもすぐ俺んとこ来んだろーが。
余計なくらい尻尾振って、嬉しそうに。
飼い主の声まで聞こえなくなったら、ただの役立たずなワンコになるだろーが。
馬鹿野郎。
―――――――――――――サカモトくーん
小さな。
本当に小さな声がして。
辺りをくまなく見渡したけど、姿はなくて。
だけど、声が届いたのは確かで。
「・・・っっヨシヒコーーーーーーっ!!!!」
今出るありったけの声量で、名前を呼んだら。
ぽつり、とこっちに向かって走ってきているらしい、小さな人影が遠くに見えた。
あれがヨシヒコだという確信はなかったけれど。
俺はそれに向かって思いっきり走った。
雨を吸って服が重くなっていて、普段より遅くなっていることに苛立ちながら。
近づいてくるにしたがい、ようやくそれがヨシヒコだと確信を持つ。
あとちょっと、ってところでべちゃ、と音を立ててヨシヒコが転んだ。
慌てて抱き上げれば、うぇえぇーーと泣き出す。
ひんやりと冷えた身体。
ふるふると小刻みに震えているから、抱きしめた。
俺もびしょびしょだったからあんまり効果はないだろうけど。
ぎゅうっとしがみ付いてくるヨシヒコ。
「・・・何で店にいなかったんだよ、お前は・・・っ」
「だって、サカモトくんかえっちゃうんだもん」
おれすてられたかとおもった。
泣きながら言うその言葉の重さに、くらっと眩暈。
「捨てるわけねぇだろーが。自分の働いてる店に捨てるやつがいるかよっ」
「でもぉ・・・っ」
「馬鹿。一緒にいるって約束、しただろうが」
「・・・・・・うん」
「男の約束は、絶対なんだぞ」
言った俺の顔をヨシヒコが泥だらけの顔で見上げる。
ホント?って聞いてる気がしたから、思いっきり頷いてやったら。
「・・・・・・うんっ」
ヨシヒコは俺の真似をするように一生懸命縦に首を振った。
びしょびしょのまま帰宅して。
とりあえず茂くんとこに連絡を入れた。
見つかった旨を伝えると、安堵と謝罪の言葉が返ってきて。
でも茂くんが悪いわけじゃないから、気にしないでくれっつって電話を切った。
・・・・・・つーか。
「ヨシヒコぉ」
「んー?」
「水飛ばすなら浴室でやってくれ」
犬の習性なのか、ヨシヒコはリビングで盛大に身を震わせて水を飛ばしていた。
耳が小さく震えている。
うん、俺も寒い。
気持ち分かるけど、掃除するのは俺だからね。
「・・・とりあえず風呂、入るか」
「うん!」
ヨシヒコを持ち上げ浴室に歩いていって、服を全部洗濯機に突っ込む。
お湯はっといてよかった。
浴槽に手を入れて温度確認。
よし、いい感じ。
桶でお湯を掬い取り、ヨシヒコにジャバっとかけてやる。
「おおあめー!」
「こんな雨なんてねぇよ馬鹿」
自分でもお湯を浴びて。
ヨシヒコを抱き上げて浴槽に身体を沈めた。
ぱちくり。
ぴょこん。
ぱしゃぱしゃ。
「こら。お湯ん中で尻尾振んな」
「ごめんなさーい・・・・でもおれここはいっていいのー?」
「・・・・・・仕方ねぇよ。こっちの方があったまんだし」
肩まで浸かれ、と頭を撫でれば。
にへ、と笑顔を浮かべてうん!と赤らんできた頬を俺に見せた。
・・・・・・あ。
「・・・・・・わかった」
「なにがー?」
「お前の特技。ずっと考えてたんだけど」
「おれ、とくぎなんてあんのー?」
「犬人間には何か一つ特技があんだって」
「ふへー!そんでおれのってなにー?」
「あのな」
ヨシヒコの特技。
マサヒロが料理なら、コイツは。
「笑顔に癒される、お前」
リラクゼーションとかセラピーとかってヤツだろうか。
見てるだけで一緒に笑顔になるっていうか。
ヨシヒコが笑うと、気が楽になる。
どんだけ落ち込んでてもああ俺このままでいいんだ、って思えるから。
「えがおー!おれ、わらうのとくいだよ!」
言うなりにかっと笑うヨシヒコ。
この屈託のない笑顔が、俺を救う。
「・・・・・・俺も足りないものを補ってもらってんだなぁ」
茂くんと大して変わんない自分に、苦笑いして。
満面の笑みを浮かべているウチのペットの頭をぐっしゃぐしゃに撫でてやった。
END
サブタイトル、まーくんもちをやくの巻(捻りなし)
初回から徐々に変わってきてるような、そんなまーくんを感じていただければなによりですv
2007.1.15