騒がしい街の一角に、大きなホストクラブがある。
その名も『Coming』。
街で1、2を争う店で有名だ。
このホストクラブの前に立つ2人の男がいた。
片方は黒いコートに身を包み、白い息を吐きながら空を見上げ。
もう一人は反対に白いコートを着て、手に息を吐きかけている。
黒いコートの男は強面だが整った顔立ちで。
白いコートの男は優しい顔つきでにこにこと笑っていた。
「坂本くん」
「・・なんだよ」
むすっとした表情で返事をする坂本。
長野はそれを見てため息をつく。彼に気づかれないように小さく。
この男、笑うといいのにと思う。
営業用の微笑みもいいけれど、満面の笑みの彼は本当に素直なのだ。
そんな彼を好いてくれる女の人の方が多いと、長野は感じていた。
でも、それを言えば彼が怒ることも知っていた。付き合いが長いからこそ。
だから開きかけた口を閉ざし、にっこりと微笑む。
「今日もツートップで頑張ろうね」
ありきたりな言葉。
いつも言いたいことを言わずに。
それを飲み込む代わりに吐き出す言葉だと、坂本は気づいているのだろうか。
当人はぴくり、と眉を上げ長野を見返す。
「・・・言われなくてもそのつもりだ」
そう言うと、先に行くぞと彼はすたすたと足を進めて行ってしまった。
彼の背中を目で追いながら、長野は二度目のため息をつき。
後を追うように店の中に入っていった。
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しとしとと小雨の降る道中。
「あー・・・疲れた」
俺は首をこきこき鳴らしながら帰り道を急いでいた。
隣に住んでいる長野は、新しく見つけたというラーメン屋に行ってしまった。
アイツもよく毎回毎回飽きずに通うな。
片手にスーパーの袋を、もう片手に傘を持ち、家路へと急ぐ。
時刻は朝の8時。
ホストをしていると常人と生活リズムが逆になる。
しかし慣れとは恐ろしいもので。
目覚めを誘う眩しい太陽の光が眠気を誘うようになった。
今日は天気が悪いので、気分も斜めになる。
こんな日はさっさと飲んでたっぷり寝るに限るな。
家が見えてきたところで、ふと。
俺の視界にダンボールが入ってきた。
両手で抱えるくらいの大きさ。
ゴミ捨て場から少し離れたところに置いてある。
捨てる場所あるんだからしっかりそこに捨てやがれ。
俺は舌打ちをして、ダンボールに近づいた。
持ち上げようとしゃがみこむとかたかた、とそれは小刻みに揺れていて。
捨て犬か捨て猫かな、と中を覗いてみると。
そこからはぴょこんと耳があって。
尻尾も見えて。
ああ捨て犬かと納得する前に。
ダンボールの中身の全貌を見てしまい、唖然とした。
黒い髪。
手足や外見は人間そのもので。
ただ、耳と尻尾が余計にくっついている。
「・・・お前、人間か?犬なのか?」
発した第一声は本当に思っていた言葉。
自分でもかなり間抜けだと思う。
でも。
ダンボールの中から覗いた漆黒の瞳が、あまりにも澄んでいたから。
その瞳が。
俺を見ていたその瞳が。
だんだんと潤み始めてきたのには、正直焦った。
「お、おい!泣くなよ」
慌ててしゃがみこんで。
子どもはどうしたらいいんだっけとか考えてる途中で。
手が、そいつの頭をぽんぽん叩いていた。
しかし、なかなか泣き止まない。
俺の顔怖いのかな。
こういう時、長野がいてくれたら一発なのにな。
長野、どうやるっけ。
前に子どもが泣いてた時。
頭をこう、撫でてから。
えーと。
あ。
ぎゅう
・・・思い出した。
こうやって、優しく抱きしめてた。
そしたら子どもは少しずつ泣き止んで、最後には笑顔になったんだ。
長野マジックだと横で感心してた。
俺にも、出来るのか・・・?
くんくん
・・・泣き止んだ。
泣き止んだことは泣き止んだけど。
腕の中に入っているコイツは俺の匂いを嗅いでる。
え、笑うんじゃなくて?
匂い嗅いじゃうの??
あ、こっち見た。
そんで。
困ったように涙目で見上げられたから。
ちょっと、ホッとしたような。
こっちとしても軽く困ったような。
そんな心境に駆られた。
「・・・あのね」
急に喋りだしたからビックリした。
人間、でいいのかな。
「お前、口きけんのか」
「うん。・・・きもちわるい?」
素直に頷きつつ、不安そうな瞳で俺を見る。
・・・気持ち悪いか?
や、別に人間に見えないこともないし。
耳と尻尾がくっついてるだけだし。
ねぇ?
・・・って、誰に聞いてんだ俺。
「・・・いや」
首を振って見せると、ようやくふにゃ、と笑ってくれた。
あ、俺この笑顔好き。
日向みたいな、ほっこりした無邪気な笑み。
そう思った途端、腕が重くなった。
彼の笑顔はふい、と消えて目は閉じられていた。
「お、おい」
慌てて口元に手をやると、弱々しくはあるが息をしていてホッとする。
気、失ったのか。
くっついて初めてわかった。
小刻みに震えるびしょ濡れの体。
ほんのりと染まる頬。
荒い、呼吸。
「・・・風邪引いてんのかよ」
拾うつもりはさらさらなくて。
だけどこんな状態の子ども、見捨てるわけにはいかねぇだろ。
・・・人間として。
コートを脱ぎ、ヤツをくるんで抱き上げた。
人間にしたら3歳くらいかな。
ぱたり、と悲しげに尻尾が揺れる。
「・・・ぃよ・・ぉ・・・・・くん・・・」
小さな呟き。
でも俺の耳にはハッキリ届いた。
『・・・寂しぃよぉ、まーくん・・・』
とりあえず、家に入って。
ベッド、は毛つきそうだからソファで。
下ろすときゅうっと丸くなった。
俺は手に持っていた袋を床に置き、一息つく。
えーと、タオルタオル。
そんで冷えピタ。
体温計どこだー・・・って、なんで俺こんなに世話焼いてんだろ。
女は面倒。
子どもは苦手。
誰かとずっと一緒にいるのが億劫で。
いつもそんな機会を当たり障りないように避けてきた。
なのに。
「拾ってきちゃったんだもんなぁ」
がしがし、と頭を掻きながら寝ているヤツを見る。
そしてそのおでこに冷えピタを貼って。
髪を撫でてやるときゅーん、と犬みたく鳴いた。
子どもっていうか、犬だな。
ペットだって考えたらそんなに嫌じゃないかも。
犬なら、結構好きだし。
俺はソファの傍に座って、袋の中からビールを取り出してプルタブを開けた。
ごくごくごく。
・・・っぷはーーー美味ぇ。
あー。
飲んだら眠くなってきた。
コイツもしばらく起きねぇだろうし。
俺も一眠りするかな。
スーツを脱ぎ、ネクタイを緩めて襟首のボタンを外し。
寝室に足を運ぶとそのままベッドにダイブ。
布団って、サイコー。
かけ布団に埋もれると瞼が重くなってきた。
仕事オツカレ、俺。
こんにちは、夢。
意識が遠くなるのを感じないくらいのスピードで俺は眠りに落ちていった。
ピリリリリリリリリリリリリ。
五月蝿ぇな。
何の音だよこれ。
着信音、か?
ピリリリリリリリリリリリリ。
あー。
眠いから無視無視。
ほっといてくれ。
ピリリリリリリリリリリリリ。
・・・しつこいな。
ああ、もう。
出ればいいんでしょ出れば。
「もしもしぃ?」
『やっと出た!坂本くん、今どこだよっ?!』
「あ?長野かよ。俺今寝てんだから起こすんじゃねぇよ」
『何言ってんの?!後30分で開店時間だよ?!!』
「・・・・・・・へぁ?!」
言われて時計を見ると。
時刻、5:30。
外は薄暗くて、しっかり夜。
「ぎゃーーー!!何で起こしてくれなかったんだよお前はぁ!!」
『何度もインターホン鳴らしたのに出ないそっちが悪いんでしょ!!』
「あーーーもう茂くんに言っといて・・・俺遅刻だって」
『頼むよーナンバーワン』
「俺の分も頑張ってくれよナンバーツー」
『ラーメン奢りで手を打とう』
「・・・長野さんの鬼ぃ」
『あ?何か言いました?坂本さん』
「いいえなんともいっておりませんどうぞよろしくお願いします長野さま」
『よくできましたvじゃあ急いでおいでよー』
「ぅいーっす」
ぶちり、と電源を切り。
大急ぎでタンスから新しいシャツを取り出して羽織った。
同じ服で仕事に行くなんて邪道。
目を覚ますために顔を洗いに洗面所へ。
うわ、俺の今の顔すげー。
客には見せらんねぇ。
・・・あ。
そういやアイツどうしたかな。
リビングに行くと。
丁度起きたのか、アイツがキョロキョロと辺りを見回していた。
ソファから落ちそうになってるし。
危ねぇな。
すたすたと足を進めて、襟首を掴む。
「えええ???」
「目、覚めたか?」
驚いたような目で見られた。
突然浮いたようなもんだからビックリするか。
「なにすんのさー!」
ジタバタと手足を動かす。
離したら下に落ちるんだけど。
「おーまえな。自分の体調わかってんのか」
「??」
言い聞かせるように言うと首を傾げる。
やっぱりわかってないのか。
すとん、と下ろしてやると、ふらついてぺたんと床に座り込む。
まだ熱下がってないみたいだな。
「熱あんだよ。ふらふらすんだろ」
「・・・うん」
「だから今日はちゃんとあったかくして寝とけ。ソファ貸してやっから」
うん、と頷いたのを見て、俺は彼をソファに戻し。
コートを頂く代わりに毛布をかけてやった。
そしたら。
一生懸命何かを考える素振りをしてから。
「・・・あり、がと」
と、へにゃと笑って言った。
お礼の言葉がいやに胸に響く。
純粋で素直な言葉。
柄にもなく、泣きそうになった。
年か、俺。
「・・・・・ぉう」
頷いてみせると、ヤツは笑みを更に深くした。
「熱が下がるまでは面倒見てやるから」
言いながら、俺は足元に落ちた服を拾った。
ふと視線を戻すと、困ったような顔をしてる。
「・・・じゃあ、おれずっとねつださなきゃ」
「なんでだよ」
「だっておれ、いくとこないもん」
・・・・あー。
あんなとこにいたもんな。
帰るとこ、やっぱりないのか。
しかもこんな姿だし。
外に出りゃ10分もあれば再就職決定だ。
見世物小屋か、何かに。
ヤツも同じことを考えたらしい。
細い目をまん丸にして俺の服をぎゅっと握った。
「どうしようー!」
じわじわと潤んでいく目。
ホント、俺コイツが泣くの苦手だ。
「どうしようじゃねぇ!ってかまた泣くな!!」
「だって、だって・・・」
ぽろぽろと零れる涙。
俺を見上げて泣いている。
み、見るなよ。
そんな顔されたら出てけとか言えなくなるじゃねぇかよ。
俺はがしがしと頭をかいて、天井を仰いだ。
子ども一人分。
・・・いや、ペットが一匹増えるだけ。
それだけと思えば。
うん、大丈夫。
・・・多分。
「・・・あーもーわかったよ!ウチにいていいから!」
「ホント?」
「ホント!だからもう泣くな!」
「・・・なか、ないっ」
口の端に力を入れて我慢する様子に。
俺は上をみながら長いため息をついた。
そして目に入る時計。
6時はとっくに過ぎていた。
「やっべ・・・っ遅刻だ遅刻!!」
「チコク?」
言葉に反応して首を傾げるけど。
説明する余裕なんかねぇ。
慌ててカバンを取りにいき、戻って仕度をする。
「説明してる暇ねぇんだ!でかけてくるからじっとしてんだぞ!」
「いなくなっちゃうの?」
「7時には帰ってくるから、寝とけ!じゃあな!」
言うことを言って家を出ようとしたら。
「ねぇ!」
と、呼び止められる。
「なんだよっ!」
「なまえ、おしえて!」
ああ。
名前まだ言ってなかったっけ。
ってか。
一秒でも惜しいんだけど。
茂くんに笑み殺されるのだけは避けたい。
「坂本だ!お前は?って自己紹介してる時間ねぇんだよ!帰ったら聞く!」
そう叫んで家を出た。
仕事場まではここから15分。
走ればなんとか・・・・!
「おれ、ヨシヒコー!!ヨシヒコだよーーー!!」
綺麗な夕日に向かって走っている俺の背中に。
ヤツの声ががっつりと突き刺さった。
俺とヨシヒコの出会いは、こんな感じで始まり。
この日から俺の生活は一変することになった。
180度どころか、見事に一回点半を決めてしまうくらいに。
END
ワンコシリーズ坂本さんサイドでした。
冷たいんだかヘタレなんだかよくわかりませんが(笑)
変わっていく彼を書いていけたらいいなぁと思います。
・・・全然違う話になりそうで怖いんですが。
2006.10.20