じぶんのシルシ










ぱたぱたぱた










並んで揺れる二つの尻尾。
一つは茶色で、一つは銀色。
その持ち主であるヨシヒコとマサヒロは、うつ伏せに寝そべり、何かをしている。
手元には大きなスケッチブックと、12色のクレヨンがあり。
二人ともそれを使って楽しそうに絵を描いているようだった。







「ヨシ、何描いてんだ?」
「んとね、サカモトくんだよー」







ヨシヒコの言葉にマサヒロは彼のスケッチブックに目を落とす。
しかし、そこにあるのは茶色で何重にも書かれた丸だけ。
黒で書かれた点が二つあるが、どうにか目としてみようと思えば見える程度で。
これは目か?と恐る恐る尋ねたマサヒロに、ヨシヒコはちがうよはなだよ、と頬を膨らませる。
鼻って、ちょっとでかくねぇ?
思いながら、マサヒロは渋い顔をして、一生懸命色んな方向からそれを見た。






「・・・・・・人間じゃあ、ねぇな」
「え、サカモトくんはにんげんだよー?」
「お前の絵が、だよ」
「しつれいなやつだなー。じゃあマサヒロはなにかいてんだよー」
「俺?俺は将来の俺を描いてんだ」






えっへん、と威張るように身体を反らし、スケッチブックを指差す。
そこにあったのは紫の服を着た何か。
こちらも辛うじて服は確認出来るものの、どう見ても人間には見えてはこない。
おまけに下の方には『マボ』とでかい字のサインがあった。
その字を見たヨシヒコは首を傾げてみる。






「これ、なに?」
「俺のサイン。俺が書いたもんだっつー印なんだ」
「へぇ〜。ねぇねぇ、おれにもさいんってあるの?」
「作れば誰にでもあんだろ。ヨシヒコは長いから・・・ヨシだな」






言って、マサヒロはスケッチブックにこれまた大きな字で『ヨシ』と書いた。
それをまん丸の目で見つめるヨシヒコ。






「すげー!マサヒロすげー!」
「だろ?俺くらいになるとね、こういうことも出来ちゃうわけ」
「これ、おれのシルシ?」
「うん。これをお前がその・・・坂本くん?の絵の下に書けばいいんだよ」
「かくー!」






大好きな青色のクレヨンで。
わしわしとマサヒロの字を真似て、ヨシヒコはサインをした。






「どうだー?!」
「いいんじゃねぇ?初めてにしちゃ上出来だろ」
「やったね!おしごとおわったらサカモトくんにみせてあげよっと」
「・・・・・・ショック、受けないか?」
「なんで?」






キョトンとした表情で聞き返すヨシヒコに。
マサヒロは何も言えなくなる。
言えるわけが無い。
それはどう考えても茶色い丸にしか見えない、なんてことは。
これ以上話を続けると墓穴を掘りそうだと悟ったマサヒロは、話題を変えることにした。






「なぁ、ヨシは飼い主さんの名前、書けるか?」
「サカモトくん?」
「そう。迷子になった時に早く見つけて貰うために必要なんだぞ」






そう言って、マサヒロはスケッチブックを新しいページに変え。
真っ白なそれに大きな字で『茂』と書いた。






「・・・・・・??なんてよむの?」
「しげる。俺の飼い主さんの名前だぞ」
「茂くんなんだー」
「おう。お前もさ、坂本くんの下の名前くらい書けるようにしとけ」
「うん!」






勢いよく頷いて。
大好きな青色のクレヨンをぎゅっと握り。
真っ白なスケッチブックと向き合って、はた、と。































「・・・そういえば、おれ、サカモトくんのほんみょうしらないや」





























と、ぽつりと呟き、首を傾げた。
























「マズイだろそれ!覚えとけよ!」
「だって、サカモトくんはサカモトくんなんだもん・・・」
「俺も茂くんは茂くんだけどさぁ・・・」
「あとねー」
「うん?」
「おれ、まだもじかけないんだぁ」






ごめんね、と謝るヨシヒコに、マサヒロはぶんぶんと首を横に振ってみせる。
普段なら偉そうに振舞うのだが、ヨシヒコがあまりにも悲しそうで。
気ぃ使いのマサヒロは慌ててヨシヒコの肩をバシバシと叩いた。






「お、落ち込むなって!おっきくなったら書けるようになるしさ!」
「そうかなぁ」
「そうだよ!それに、ほら!サイン覚えたじゃん!自分の名前は書けるようになったってことだぜ?」
「あ、そっかぁ!」






マサヒロの必死の慰めに、ヨシヒコの表情はぱぁっと輝いた。
スケッチブックを抱きしめ、自分で書いた青色の文字を見つめる。
初めて書いた文字は、どこかキラキラ輝いているように見えた。




























































































































































































「ヨシヒコー」







帰るぞーと下の方から、声。
それを聞きつけると、ヨシヒコは嬉しそうにスケッチブックを抱えたまま階段を下りていく。
どこかホッとした表情で後に続くマサヒロ。
スーツ姿の疲れた顔をした男の足元にヨシヒコが纏わりつけば、長い手が彼の髪を掻き混ぜた。
くすぐったそうにそれを受け止め、持っていたスケッチブックを上に掲げる。
尻尾は、ぱたぱた。






「ん?」
「これね、おれ、サカモトくんかいたの!」
「・・・・・・へぇ」






何とも微妙なリアクションに、褒めて貰えるとばかり思っていたヨシヒコは首を傾げ。
マサヒロはやっぱりな、と小さく呟いた。
微妙な表情をしていた坂本はある部分に目をやり、目を丸くする。






「お前、これ、自分の名前じゃねぇかよ」
「そうだよ!マサヒロにおしえてもらった、おれのシルシ!」
「・・・・・・へぇ」






これまた微妙なリアクションに、今度はマサヒロも一緒に首を傾げた。
傍に立っていた茂と長野は小さく笑っている。






「・・・帰るぞ、ヨシヒコ」
「あ、うん!バイバイ、マサヒロ!」






足早に歩き出した坂本と逸れないように、大急ぎでマサヒロに手を振り走り出すヨシヒコ。
おう、と声を上げてマサヒロがそれを見送れば、横に気配。
ばっと振り向くと、長野と茂が立っていた。






「・・・ありゃ拗ねたな」
「拗ねたね」
「え、何で拗ねたの?」
「坂本はホンマによっちゃんが好きやなぁ」
「好きだねぇ」
「ねーねー!なんで、坂本くんが、拗ねてんだよー!」






どうにかして理由を聞き出そうとするも、二人は揃って笑うだけで。
ぴょこぴょこと跳ねて答えを求めていたマサヒロは、教えてくれないのを悟るとぷぅっと頬を膨らませた。
その様子を見て笑いながら茂が口を開く。






「あのなぁ。坂本は自分が一番先によっちゃんに色々教えたかったんよ」
「色々?」
「そう。挨拶も、モノの名前も。文字だってそうやったんやろ」
「あ」






ようやく飲み込めた事実。
マサヒロはきゅうっと眉を曲げて茂を見上げた。






「俺、悪いことした」
「ええやん。一個くらいマサヒロが教えたって、バチは当たらへん」
「・・・ホント?」
「ホントや」






茂の柔らかな笑みに、マサヒロはホッと胸を撫で下ろす。
横に居た長野は身支度をして二歩前に進み、二人を振り返る。






「じゃあね、俺ももう帰るよ」
「おん。坂本よろしくな」
「分かってる。ありゃよっちゃんが寝た後確実に一人で飲むね」






全く坂本くんはいつまでたっても子どもなんだから、と。
ぼやくように言いながら、長野は一人と一匹の後を追いかけるように足早に歩き出した。
それを茂と見送りつつ、マサヒロは。
大人でもやきもちを妬くんだな、と不思議なところで感心していたのだった。




































































































































































































































「サカモトくーん」






まってよぉ、と上がった小さな声に、坂本はようやく立ち止まった。
朝日を背に息を荒げて駆けてきた犬は、勢い余って坂本の足に激突する。
へろへろと座り込んだヨシヒコを慌てて抱き上げれば、へにゃりと笑った。






「へへ・・・いっしょに、かえろー、よぅ」
「・・・悪ぃ」






ぎゅうっと抱きしめれば、抱き返してきて。
ぺしぺし、と腕に当たる尻尾の感触に坂本の表情がふと緩む。
ヨシヒコの手にはスケッチブック。
茶色の丸が真ん中に存在している、それを手にとって。
坂本はもう一度、目をやった。






「これ、俺なの?」
「そうだよぉ」
「・・・俺、茶色かなぁ」
「ちゃいろだよー!ねぇ、ナガノくんっ」
「そうだねぇ」
「うっわ!!!!」






急に現れた長野に驚いて仰け反る。
彼はバサリと音を立てて落ちたスケッチブックを拾って。
茶色の丸を見つめ、にっこりと微笑んだ。






「坂本くんは日に焼けて黒いから、茶色にしたんでしょ?」






長野の言葉に、ぶんと頷くヨシヒコと。
驚いてスケッチブックとヨシヒコと長野とを交互に見る坂本。






「そう、なのか・・・?」
「うん!」
「飼い主さんが鈍くてよっちゃんも大変だねぇ」
「長野」
「タイヘン?たのしーよ!」






サカモトくんといて、おれ、たのしいよ。






満面の笑みで長野に言うヨシヒコ。
それを聞いて、長野の目線が坂本に向けられる。







「だって、さ」
「・・・・・・おう」
「よかったね、よっちゃんがいい子で」
「おれ、いいこー?」
「いいこだよー」
「じゃあ、これからもサカモトくんとナガノくんといっしょにいるね!」








そしたらずっといいこだよね、と。
楽しそうに言ってにぃっと全開で笑うヨシヒコを見て。
坂本と長野は目を見開き、二人揃って笑った。








坂本がヨシヒコのかいた絵の裏に日付を書き、額縁に入れて飾るまで、あと数時間。
そして。
それを目にした長野が親馬鹿だねぇ、と茶化すまで、あと数日。






END
久々更新のきみはペットシリーズ。
本当はもっと短くなる予定だったんですが、長くなっちゃいました。
言わせたい言葉ももっとあったのになーどっかいっちゃいました。
ただマボがよっちゃんに茂くんの漢字を教えてるっていうところを書きたかっただけなんですが(笑)
ついでに、ヨシの書いた絵はこんな感じです。
こんな絵なのにちょっと重いかも(遠い目)
2007.6.18