初めてのおつかい







「いやぁ、困ったわぁ」
余り困ったようには見えないおっとりした口調で茂くんが呟いた。
俺は聞き間違いかな、と思ってしかとしてたんだけど、マサヒロの耳はそれを一字一句間違えることなく拾ったらしい。
堂々と俺との遊びを中断して、とたとたと駆け寄って行った。
「困ったの?どうしたの??」
「ぉん。フルーツの仕入れが間違うとってなぁ、オレンジが足りないんよ」





オレンジ。
あのだいだい色した甘酸っぱいやつだ。
サカモトくんがこの前教えてくれて、ついでにこっそり食べたから覚えてる。





「僕が店離れるわけにはいかんし、他のホストたちも今手一杯やし」
どないしよう、と茂くんはため息をつきながらちらり、とマサヒロを見た。
マサヒロはぴょこん、と耳を立てて茂くんを見返す。
「他の人に頼まなくても、おつかいくらいしてやってもいいよ!ヒマだし!」
マサヒロが偉そうにそう言うと、茂くんはさすがマサヒロやねぇとほわっと笑った。
こういうのって騙されて利用されてるんだって言わないのかなぁ。
俺ならサカモトくんと一緒じゃないとヤだな。
あ、甘えんぼなんかじゃなくて、迷子にならないようにね!
「そぉかぁ!そうしたら悪いんやけど、裏の八百屋さんでオレンジ買うてきてくれへんか?」
「八百屋?兄ぃんとこ??」
八百屋と聞いた途端、マサヒロは耳を立て尻尾をぱたぱた振り出した。





兄ぃって誰だろ。
あ、そういえばこの前俺が風邪ひいた時になんか言ってた。
果物とか、風邪なんか吹き飛ばすとか。
兄ぃ。
マサヒロのお兄ちゃんかな。






「そうや。個数は・・・そっちに任せる言うといて」
茂くんはにっこりと笑ってそう言った。
「わかった!・・・ヨシヒコも行こうぜ!」
マサヒロは楽しそうに俺に声をかけてくる。
「おれもいいの?」
「せやなぁ。坂本におっけーもろたら行ってもええで」
茂くんに聞くとそう言われたから、さっそく俺は下のフロアに降りてサカモトくんを探すことにした。























サカモトくんサカモトくん・・・あ、いた!
玄関付近でお客さんに笑いかけて手を振っているサカモトくんの背中(背が足りないから正確には足)にしがみついた。
「サカモトくんサカモトくん!」
「うわ、お前何フロア出て来てんだよ。二階でおとなしくしてろっつったろ?」
びっくりしたような表情でサカモトくんは俺の頭をわしわし撫でる。
えへーvv
「昌行、この子誰?」
「あぁ、うちのペットですよ」
かわいいでしょ、と持ち上げられて女の人の目線になった。
目が大きくて小さな顔立ちの綺麗な人。
「このひとだぁれ?」
「うちのお得意さんの怜美さんだよ」
「れみさんこんばんは!おれ、ヨシヒコ!」
自己紹介したら怜美さんはふわり、と笑って。
柔らかいものが俺のほっぺに当たった。
お前ズルイなぁ、って苦笑するサカモトくんの声。
ズルイって何がズルイんだろう。
サカモトくんに抱っこしてもらってることがかな?
「よろしくヨシヒコくん。偉い子ね、小さいのにちゃんとお名前言えるんだ」
「んと、まーくんがはじめてあったひとにはきちんとあいさつしなきゃだめだぞってゆったの!」
「まーくんって・・・昌行のこと?」
「違いますよーヨシヒコのお兄ちゃんのことだもんな?」
「うんっ!」
サカモトくんが妙に優しくて、嬉しくなる。
あ、そうだ。
「いまからマサヒロとうらにあるあにぃのみせにいってきていい?」
「兄ぃ?・・・あぁ、山口んとこか。マサヒロと一緒なら心配ないな。気をつけて行ってこいよ」
「はーいっ!」
元気よく返事をすれば、サカモトくんは満足そうに頷いて店のおっきいフロアに戻っていった。
仕事場には入っちゃダメだってきつく言われてたから、体はそのままの位置で精一杯に覗き込むと。
そこはキラキラしてて、いっぱい人がいて、みんな笑ってた。
いつだったかナガノくんが言ってた言葉を思い出す。









『坂本くんは女の子を幸せにする仕事をしてるんだよ』










ここにいる笑ってる人みんなサカモトくんが幸せにしてるのかな。
だったら、凄いな。



































































































まだちょっと寒い外。
犬人間っていっても体は人間だから、寒いのは寒い。
それをしっかりわかってくれてた茂くんは、玄関のドアの前で俺とマサヒロにマフラーをくれた。
「俺、紫ね!」
「はいはい。マサヒロはホンマに紫が好きやなぁ」
にこにこしながらマフラーを巻く茂くん。
俺はサカモトくんがくれたやつがあったんだけど、一人じゃ巻けなくてマフラーを持ってぽけっとしてたら。
それに気づいた茂くんが俺のも巻いてくれた。
二つ折りにして、片方をもう片方の中に入れるようにして引っ張る。
あれ。
「サカモトくんとまきかた、ちがうねー」
サカモトくんはヘビみたくくるくるしてた。
時々取れちゃうんだけど。
そう言ったら、あはは、と笑われる。
「アイツのは適当っちゅーんや。これなら取れへんよ」
茂くんは優しく俺の頭を撫でてくれた。
目の端の方でほっぺをぷくーっと膨らませてたマサヒロが見えたから、慌てて離れる。
「いこ、マサヒロ!」
「おうっ」
手を伸ばせばぎゅうっと掴んでくる感触。
いってきます!と声を揃えれば、いってらっしゃい、とにこやかに見送られる。
それだけでマサヒロの機嫌は直ったらしい。
単純だなマサヒロって。


































マサヒロと手を繋いで暗い夜道を走る。
兄ぃの店はサカモトくんの働く店のすぐ傍にあって。
当たり前なんだけどもうシャッターが下りていた。
「マサヒロ、おみせ、おわっちゃってるよ?」
「大丈夫。これ使うんだ」
マサヒロが指差したのはインターホン。
茂くんが使ってたの見てたから知ってるんだって。
でも、問題が一つ。






「・・・・・・あれにとどくー?」
「・・・・・・」






俺とマサヒロは小さい。
一応、まだ子どもだから。
茂くんには楽に届いた高さでも、俺たちにとっては高いのだ。
ジャンプも得意だけど、それにしても限界がある。
せっかく来たのに。
二人揃ってしょぼんとしていたら。
マサヒロが何かを思いついたらしく、ぴょこ、と耳を立てた。
「そうだ!ヨシ、俺の肩に乗れ!」
「なんでー?」
「二人分の身長だったらなんとか届くかもしれないだろ?」
「そっかぁ!」
さぁこい、と身を屈めるマサヒロの肩にひょいと乗って。
高いところにあるインターホンに手を伸ばした。
さっきよりはかなり近いところにあるそれ。
もうちょっと頑張ったら届くかも。
「ヨシー押せたかー・・・?」
「あとちょっと・・・っ」
一生懸命腕を伸ばして。
それでも届かないからマサヒロの肩の上で思いっきり飛び上がった。









ピンポーン










音は鳴ったんだけど、俺は着地に失敗してマサヒロの肩から転げ落ち。
ジャンプの衝撃でマサヒロも地面に転がった。
歩いてきた道は固くて痛くて。
じわ、と目元が熱くなる。
「・・・・ぅえぇ・・・・・・」
「な、泣くなよぉヨシぃ・・・・・・」
俺だって泣きたくなるだろ、っていうマサヒロも目が潤んでいる。
二人してぐずぐず言ってたら、パッと店の明かりが付いて。
がしゃがしゃ音を立ててシャッターが上がった。
「いらっしゃーい・・・って、マサヒロ?!」
何でお前ここにいんの、と慌てて駆け寄ってくれる男の人。
この人がマサヒロの兄ぃ。
すっごく優しそうな人だけど、耳とか尻尾とかが見当たらない。
マサヒロは兄ぃーって名前を呼んで抱きついてた。
兄ぃってあだ名なんだな。
「よくインターホン押せたなぁ。・・・あれ、君はどこの子?」
腕の中のマサヒロを抱きながら俺に気づいたマサヒロの兄ぃは首を傾げた。
ええと。
「おれ、ヨシヒコ!」
「あいつ坂本くんちのペットなんだ。俺の友達!」
友達って言われて嬉しくなる。
ぱたぱたと尻尾を振れば、マサヒロの兄ぃは俺も抱っこしてくれた。
「ヨシヒコか。俺は山口っていうんだ。よろしくな」
にぃっと爽やかな笑みを浮かべてヤマグチくんは俺に名前を教えてくれる。
「・・・んで?こんな夜に何の用だ?」
「あのね!オレンジ!」
「?」
俺の言葉はどうやら通じていないらしい。
首を傾げたヤマグチくんを見て、マサヒロが補足してくれた。
「茂くんがね、オレンジが足りないって。だから、兄ぃんとこ行ってこいって!な?」
「うんっ」
頷けば、ようやく合点がいったらしい。
「はいはい。全くあの人もどっか抜けてんだからなぁ・・・らしいっちゃらしいけど。そんで?どれくらい必要なんだ?」
オレンジの箱を弄りながら尋ねられて、今度は俺たちが首を傾げる番だった。
顔を見合わせて、こてん、と。
「・・・・・・なんこっていってたっけ?」
「ううん、言ってなかった・・・・・・はず」
「おれわすれちゃったよ」
「俺も・・・・・・あ!!」
「どうしたの?」
「お財布持ってきてない・・・!」
「えええー?!」






お財布がないってことは、お金が無いってことで。
お金が無いってことは、買い物が出来ないってことで。
買い物が出来ないってことは、つまり、オレンジが買えないってことで。
・・・・・・ダメじゃん!






二人してまた泣きそうになってたら、不意にでっかい手が振ってきた。
わしわしわしっと撫でられる。
見上げたら、ヤマグチくんが笑って立っていた。
「お前らが泣くこたぁねぇよ。どうせシゲさんが言い忘れたんだろ。こーんな小せぇ子二人夜出歩かせて、悪いのはあっちだって、気にすんな」
「でも・・・・・・」
「出来てねぇ飼い主にはちょっとお仕置きだな。お前ら、これ持ってくれ」
言われて、俺とマサヒロにそれぞれ渡されたのは小さなネットに入ったオレンジ。
ふんふん嗅ぐといい匂いがした。
その横でどさどさっと何かを積む音がして。
そっちを見たら、物凄い量のオレンジの絵が書いてあるダンボールが山のようにあった。
いち、にー、さん・・・・・・十と、二個。
手馴れた動作でそれを荷台に括り付けるヤマグチくん。
マサヒロを見たら目をキラキラさせながらその様子を見ていた。
「兄ぃ、格好いい・・・!」
小さく呟いたその言葉を俺は聞き逃さなかった。
「マサヒロ、ヤマグチくんのことすきなの?」
「好きっていうか、尊敬してんの!俺、あんな風な大人になりたいんだー!」
「じゃあ、ヤマグチくんと茂くんのどっちがすき?」
「え」
俺の質問はどうやら究極の選択だったらしい。
聞いた途端、マサヒロは考え込む形のまま固まってしまった。
「行くぞぉお前らー」
荷造りを終えたヤマグチくんが呼んでる。
「いくって、マサヒロ」
「・・・・・・」
「まーさーひーろーっ!」
「・・・っわっ、なんだよっ大声出すなよヨシ!わかってるって!」
「わかってるならへんじしろよなー」
「なんだとー?!」
「こらこら。喧嘩するなら置いてくぞー」
「やだっ兄ぃ置いてかないでっ!」
「おれもー!」
二人揃ってヤマグチくんにしがみ付けば、お前ら二人はオレンジより軽いなぁって笑われた。
確かにマサヒロの言うとおり。
俺たちを抱えながら重そうな荷物を軽々と運ぶヤマグチくんは、格好よかった。








































































































店に戻ると、玄関に心配そうに立っている茂くんがいた。
俺とマサヒロの帰りが遅かったから心配してくれてたみたい。
ただいまー、と手を振れば、お帰りーと振り返してくれた手が、固まる。
どうしたんだろう。
「とうちゃーく」
店のドアの前に辿り着き、俺とマサヒロはぴょんっとヤマグチくんから飛び降りた。
固まっている茂くんを見上げて、首を傾げる。
「よ、シゲさん」
「・・・・・・山口ぃ」
片手を挙げて久しぶり、と声をかけるヤマグチくんに、茂くんは微妙な目線を向けた。
「お買い上げありがとうございまーす。個数指定がなかったのであるだけ持って来ましたが?」
「お前、確信犯やろー!!こないな量のオレンジ、どうしろっちゅーねんっ!!」
「オレンジなんだから食うしかねぇだろ」
「・・・・・・っっっ!」
当たり前の答えを返されて、言う言葉に困る茂くん。
ぷるぷる震えている茂くんの服をくいくいとマサヒロが引っ張った。
「なんやマサヒロ」
「オレンジはビタミンたっぷりだからお肌にいいよ」
俺が腕振るってなんか作るから元気出して!とマサヒロに言われて茂くんはガクっと肩を落とす。
「・・・・・・幾らや」
「えーと・・・・・・」
諦めて財布を取り出した茂くんに、ヤマグチくんがぱちぱちと素早く金額を計算したものを見せる。
「こんなもんでヨロシク」
「・・・・・・ぼったくりやないかこの値段」
「これくらいシゲさんなら軽いもんでしょ」
「あぁ・・・オレンジにこんな金かけるとは思わんかった・・・」
言いながら札束を手渡す。
すげー。
あんなにお金持ってるの、すげー。
サカモトくんなんてたこ焼き買うだけでもお金が勿体無いって渋るのに。
茂くんは太っ腹なんだな。








































「じゃ、俺帰るわ」
ダンボールを全部店の中に運び終わり。
空っぽになった荷台を引きずるようにしてヤマグチくんは片手を挙げた。
それを敏感に聞き取ったマサヒロは残念そうに玄関に向かう。
「ええっ?!兄ぃ寄ってかないのー?!」
「悪ぃな。明日は朝早くから仲間と海行ってくんだよ」
「ホンマ好きやなぁ、海」
ため息混じりにそう言う茂くんに、まぁな、とヤマグチくんが返して笑う。
「今、海寒いよ兄ぃ」
「南に下るから平気だって。じゃあなー果物切れたらまたヨロシクー」
寂しそうなマサヒロに見送られるようにしてヤマグチくんは帰っていった。
「男の背中!って感じだよなー」
「おとこのせなかって、ヤマグチくんおんなのこだったの?!」
「違ぇよ!・・・まぁヨシにはまだ早すぎたかー」
まだまだガキだもんなぁ、って。
マサヒロだってガキじゃん!
俺と一歳しか違わないじゃん!
「なんだよー!ないしょとかずるいぞー!」
「内緒じゃなくてお前がわかんないだけだろうがー!」
「なにをー?!」
「やるかコノヤロー!」
お互いの襟首を掴み合ったところで、後ろに引っ張られた。
マサヒロも茂くんに捕まってる。
へへへ、ざまーみろー。
「ヨーシーヒーコーーーーっ!」
背中から聞こえてきた、俺を掴んだ張本人の声に。
俺はぴょこん、と耳を立てて、身体を捻ってしがみ付いた。
「サカモトくーーーんっ!!」
「うおっ」





ぎゅむーっと抱きしめ返されて、幸せになる。
いい匂い、と、お酒の匂い。
そしていつもとちょっと違う匂い。
あと煙草の匂い。
匂いがたくさんだ。





「おれねっ、おれ、ちゃんとかいものしてきたよ!」
「そっか」
「おれ、がんばったよ!」
「ん」
偉いな、と頭をわしわし撫でられる。





うん。
やっぱりサカモトくんだ。
茂くんも、ヤマグチくんも撫でてくれたけど。
一番嬉しいのはやっぱりサカモトくんの手なんだなぁ、と。
思いながらぺとっとくっついたのだった。







その後。
茂くんの朝食がオレンジだらけになり。
しばらく格安でお店のメニューにオレンジが追加されたのは、また別の話。






END
難産だったのかアレですが、とうとう全員集結・・・と思ったら准ちゃんがいない!!!(忘れてた)(笑)
ぐっさんのポジションは実は太一くんの前辺りに決まってたりして、ちまちまネタを書いた紙もあったりしました。
頼りになるお兄ちゃんなぐっさんの位置ってこれだよなーっていうのと、あと多分某PVのコロッケ屋兄ぃ影響もあるかと(笑)
しかしよっちゃん一人称って難しいな・・・!妙に大人びちゃったりして。うむむ。
2007.3.17