ふんふん。
俺の横でヨシヒコが匂いを嗅いでいる。
首を傾げながら、きゅーんと器用に鼻を鳴らして。
いつもはたくさん話すのに、今日はやけに静かにしてて気持ち悪い。





「・・・なん・・・か・・・っ」





何か喋ろよ、と言おうとしたけど、上手く声が出なかった。
後を追うようにしてむせ返るような咳が出る。
身体を折り曲げて何とかして止めようと試みるも、発作のように立て続けに。
咳の勢いにぱたり、と額にあったタオルが下に落ちた。
「げほ・・・・っげほげほっ」
「サカモトくん!!」
悲しそうな声で俺の名前を呼び、ぎゅうっとしがみついてくるヨシヒコ。
普段はあったかいコイツが、今はちょっと温い感じ。











ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ、ぴぴぴぴ











機械音が静かな部屋に響く。
腋に挟んでいた体温計を取り出してみて、その値に脱力した。
39度4分。
どおりでヨシヒコが温いわけだ。
「・・げほ・・・っかんべんしてくれよぉ・・・」











月末でトップ争いの終盤だっていうのに、風邪はねぇだろ風邪は。
長野が結構追いついてきてんだよなぁ。
茂くんが探し出してきた新人の長瀬ってやつも油断できねぇし。
別にトップに執着があるわけじゃないけど。
仕事をやるなら常に上を目指したいというプライドはある。
せめて38度くらいなら無理にでも出るのに。
・・・茂くんには止められそうだけど。






「サカモトくん・・・サカモトくんっしなないでぇー!!!!」
ヨシヒコは涙を零れる寸前まで瞳に溜めて。
お前の方が死ぬんじゃねぇのかってくらい悲壮な顔で叫んだ。





や、嬉しいんだけど。
そこまで心配してもらうと悪い気はしないけど。





「・・ぅるせ・・・・頭に響くからやめれ・・・」
「あ・・・ごめんなさい・・・」
しょぼん、と項垂れる。
耳と尻尾がこれでもかってくらい萎れてて。
怒ったつもりはないんだけど、溢れるのは罪悪感。





「・・・ヨシヒ、コ・・・っげほげほっ」
「サカモトくんっやだっしんじゃやだっ・・・!」
「っ死なねぇから・・・泣くの、やめろお前・・・」





ぱたぱたと零れる涙が俺の頬に落ちる。
抱きしめて頭を撫でてやりたいと思った。
思ったけど、身体は思うようには動かなくて。
熱も上がってきたのか、目の前が白く霞んでくる。
遠くなっていくヨシヒコの声がまるで子守唄のように聞こえて。
俺はゆったりと意識を手放した。





















































































できることから始めよう。



































































































沈んでいた意識が徐々に浮いていく。
あったかい。
どこかからいい匂いがしてくる。
ヨシヒコ?
・・・・いや、アイツは料理なんて出来ないし。
目を開けて確かめたかったけど、億劫で。
俺は目を閉じたまま、嗅覚と触覚だけで回りの様子を探ろうとした。












ぺちゃ






・・・・・・・・・ん・・・?
何か額が冷たい。
っていうか、首の辺りも冷たい。
ぞわっと背筋に寒気が走る。
なんだこれ。







「ちょっとよっちゃん!ちゃんと絞って乗せなきゃダメだって!」







あれ、長野の声?
じゃあこの匂いは長野が。
で。
ちゃんと絞って乗せなきゃって、そこ。
もしや、この寒気の正体だったりするのか・・・?!






がばっと飛び起きれば。
俺の太もも辺りにべちゃっと濡れたものが落ちる感触。
目をやると、それは額に乗っていたはずのタオルで。
タオルからの水気が、俺の服の首周りをびしょ濡れにしていた。
・・・マジかよ。
その事実を知った瞬間、酷い眩暈に襲われ、倒れこむ。
「あ、おきたー!」
「おきたー、じゃ・・ねぇー・・・」
罪悪感の欠片もない(というか、悪いことしてるっていう意識すらないんだと思う)ヨシヒコののん気な声に。
俺は途切れがちな言葉で応戦した。








「や、坂本くん。目、覚めた?」
「・・・・・ぉー・・・なんで、ここにいんだよ・・・」
「"なんで″?」
にこやかに覗き込んでくる長野。
その目がまた笑ってないことに、俺の背筋には違う意味で寒気が走った。
「俺が友達から新しく教えてもらった店に行こうと家を出た時、坂本くんちから変な煙が出てたからほっとくわけにはいかないと思って」
「は、はぁ・・・・」
ありがたい行為ではあるが。
最初の言葉にいやに力が入ってたことに気づくべきか、俺。
「中に入ってみたらよっちゃんがお粥らしきものを炭にしかけてたから慌てて止めたんだよね」
危うく一酸化酸素中毒で二人とも死ぬところだったよと言われてぞっとした。
「ヨシヒコ、お前・・・・」
目線をやると、しゅん、としょぼくれる。
今頃悪いことをしたのだと自覚したらしい。








「俺あと30分で家出なきゃいけないから、お粥と卵酒、作っといたよ」
それ自力で食べて、寝て、明日までに治しな。
さらりと言ってのける長野に酷く感謝する。
流石にヨシヒコの力を借りてどうにかできるとは思ってなかったけど。
独り身にこの優しさは正直ありがたい。
俺は手を擦り合わせるようにして長野を拝んだ。







「かみさまほとけさまながのさまー・・・」
「・・・ぶん殴るよ?」
「スイマセン」























































































































長野が行った後。
俺は床を這うようにして居間に行き、長野の用意してくれた食事を摂った。
酒飲めないのに卵酒用意してくれている辺り、わかってくれてるんだなぁと思う。
その酒が卵酒には勿体無いくらいの俺の秘蔵っ子だったということはこの際置いといて。
友達っていいもんだな。
今度長野が熱出した時は俺が看病に行ってやろう、なんて。
そんなことを思ったのだった。











ぱた













尻尾が床を叩く音に気づいて、そっちに目をやる。
・・・まだしょぼくれてやんの。
ちら、とこっちを見る瞬間を見逃さずに。
おいでおいで、と手招いてやれば、そろそろと近づいてきた。






だけど。
少しの間を空けて、座り込むヨシヒコ。






「どうした?」
「・・・なにやってもめいわくかけるもん、おれ」
それだったらサカモトくんにちかづかないほうがいいんだ、と。
ヨシヒコは言って、俯いた。
俺はため息をついてから、立ち上がってヨシヒコを抱き上げる。
・・・う、重。
熱の所為で力入んねぇ。
よろめくと、心配そうな瞳が俺を映して揺れる。
何とか踏み止まるとぎゅうっと抱きつかれた。






「・・・ホントは近づきたいくせにか?」
「・・・・・・ぅうぇーーー・・・」
「泣くなよ、馬鹿だな」






ぱすぱす、と頭を叩いてやれば。
涙で濡れた瞳でヨシヒコは無言のまま縦に首を振った。

































































































「おれがかぜひいたときに、サカモトくんがつくってくれたやつ、つくりたかったんだもん」





二人してベッドに潜り込んで。
炭のようなお粥を作っていたわけを問いただせば、ヨシヒコは口を尖らせてそう答えた。
だんだんどうすればいいのかわからなくなって。
困っていたところに長野が来たらしい。
なるほど。





「気持ちはありがたいけど、お前にはまだ火とかお湯とか危ないからやらなくていいんだぞ」
言い聞かせるように言えば。
「でも、おれもサカモトくんのやくにたちたかったんだもん・・・」
なんて言葉が返ってくる。
一生懸命なのはわかるんだけど、どっか空回りしてるんだよな。
黒い髪を整えるように優しく撫でれば、見上げてくる。





「お前は俺の傍にいるだけでいいの」
「・・・・そうなの?」
ぴょこん、と耳を立てて首を傾げるヨシヒコ。
「おぅ」
長野みたく出来ないとか、そういうんじゃなくて。
自分に出来ることをすればいい話、なんだよな。
頷けば、ヨシヒコはたちまちぷわっと笑顔になった。
「いる!おれサカモトくんのそばにずっといる!」
「・・・・静かに、な」
「うんっ!」






卵酒であったまった身体に。
ヨシヒコの体温が絡まって、いい具合に瞼が重くなる。






あ。






「ヨシヒコ、お前メシ・・・」
「いらない」






ぺこぺこだけど。
サカモトくんがげんきになったらいっしょにたべるからいらない。







健気なワンコの言葉に感動する余裕もなく。
俺はずるずると夢の中に引きずられていった。
あったかいぬくもりを、胸元で感じながら。







END
2006.12.2
今回どこか長野くんが冷たいような気がするのは出勤まで時間がなかったからということにしてやってください(遠い目)