「茂くーん!!」
大変大変!と声を上げて二階からマサヒロが駆け下りてくる。
ヨシヒコと手を繋いで。
すっかり仲良しになったみたいだ。
けど、ヨシヒコの顔色が思わしくない。
しょぼくれてるというか、青ざめてるというか。
「何が大変なん?」
茂くんはしゃがみ込み、マサヒロの視線に合わせて問いかける。
マサヒロは荒い息をどうにか落ち着かせて、ぷるぷると首を振った。
「ヨシヒコ、シリアルナンバーがないんだ!」
「シリアルナンバー?」
聞いた事のない言葉に首を傾げると。
「簡単に言うと商品番号みたいなもんやな」
と、茂くんがマサヒロの代わりに教えてくれた。
商品番号。
「俺のはこれ!」
言うと、マサヒロは首輪を外して俺に見せてくれた。
紫の革に『0111』と番号が書いてある。
「ヨシヒコくんの首輪、外したんか?」
「いや・・・・・元々なかったはずだけど」
ダンボールに入っていたヨシヒコを思い出してみる。
だけど、首輪をしてた記憶はどこにもない。
「ヨシヒコ、首輪どこやった?」
尋ねると、ふるふると首を横に振る。
どうやらヨシヒコ自身も知らないみたいだ。
「シリアルナンバーなくたって、困ってねぇんだから別に・・・」
「ちょっと、こっち来ぃ」
言い切る前に茂くんに腕を引かれて、二人から離される。
いつになく神妙な顔つきをしてるから緊張して俺も真顔になった。
「・・・坂本」
「ん?」
「お前、拾った言うてたよな」
「うん」
頷くと、茂くんの視線がちらりとヨシヒコに注がれ。
「・・・・マズイわ」
と、呟くように言って目頭を片手で覆った。
「何がだよ」
「ヨシヒコくん、処分されるかもしれん」
「処分?!!」
思わずでかい声が出て、口を塞ぐ。
ちらりと目線をやればヨシヒコが不安そうな顔で俺の方を見ていた。
耳も尻尾も元気なく垂れていて。
なんでもないよ、と笑って見せたら、耳がひょこっと動く。
俺は茂くんに視線を戻し、小さい声で続きを促した。
「処分ってどういうことだよ」
「あんな。シリアルナンバーを持たん犬人間は処分するって法律で決まっとんねん」
最近、犬人間を買う人たちが増え。
販売元の会社はかなり金を儲けているらしい。
その上商品登録をしているため、他の会社では製作できない。
しかし、作れば必ず金になる。
そのため裏で犬人間を作って売る行為が勃発していて。
しかも裏で作られたものは値段が安く。
当然のように販売元の会社の売り上げはガタ落ちした。
これでは商品登録をした意味がないと、困った会社側が考案したのがシリアルナンバーの提示だった。
シリアルナンバーを持たない犬人間はニセモノで。
処分されても仕方ないと法律で決められたんだと、茂くんは言った。
「マサヒロみたく売れなくて処分されるのとはちゃう。ヨシヒコくんは多分、違法商品として処分される途中やったんや」
「・・・・・・そんなの、勝手すぎんだろ・・・」
「そうやな。でも、法律や」
俺が前に見た処分のことが書かれている新聞は、きっとこのことだろう。
辻褄の合う話に、俺は聞こえないようにため息をついた。
「どうすりゃいいんだよ、俺は」
「とりあえずヨシヒコくんをあんまり外に出さないことやな」
見つからなければ処分はありえへんから、と茂くんは俺の背中を叩く。
外に出さない。
ってことは、ヨシヒコは家にずっといなきゃいけないってことで。
寂しそうに座っているヨシヒコの姿を想像して、悲しくなる。
犬だもんな。
しかも子どもだし。
遊びたい盛りなのに。
「・・・サカモトくん」
小さな、俺を呼ぶ声。
目をやれば、ヨシヒコが眉を曲げて立っていた。
ひょいっと抱き上げて震える背中をぱすぱす叩いてやる。
「・・・大丈夫だ」
ぎゅう、と俺の服を所在無く掴む手。
根拠もなく大丈夫だと。
気付けばそう言っていた。
ヨシヒコは泣き出しそうな顔で俺を見る。
「もしおれがしょぶんされるなら、まーくんとかひっくんとかごうとかけんとかじゅんはどうなるの?」
「・・・・・・」
ヨシヒコが違法商品なら、兄弟たちも同様だろう。
処分されない可能性の方が低い。
だけど、それは言えなかった。
言ってしまったらヨシヒコがどうなるか、想像ついてたから。
「おはようございます・・・って、どうしたの坂本くん、茂くん」
からんとドアが鳴り。
長野は入ってくるなり、怪訝そうな表情をした。
「ナガノくんだぁ」
ぐしぐしと目元を拭いながら長野の名前を呼ぶヨシヒコ。
「おはよ、よっちゃん。・・・と」
長野の視線がもう一匹の犬人間、マサヒロに注がれる。
マサヒロはちらっと茂くんを見たけれど、許しを請うこともなく挨拶をすることに決めたらしい。
「俺、マサヒロ!」
「マサヒロくんか。長野っていいます」
へこり、とお辞儀。
コイツの順応の早さにはまいる。
ヨシヒコを初めて見た時もそんなにビックリしてなかったっていうし。
図太いというか、のん気というか。
長野は椅子を引き、どかっと腰を下ろした。
「で、何があったの?よっちゃん半泣きだし、空気重いし」
「・・・・実はな・・・」
「あ、それなら俺なんとか出来るかも」
話をし終わった瞬間。
長野の第一声がこれで。
俺も茂くんも二人で口を開け放って長野を見た。
「あっはっは。二人ともブサイクー」
「ブサイクってなんだブサイクってお前」
「まぁまぁ。・・・なんとか出来るかもしれんて本当か?長野」
「うん。要するに首輪を偽装しちゃえばいいんでしょ?」
「そ、そうだけど・・・これ、特殊な作りになってんじゃねぇのか?」
「健康診断の時とかにバーコードに当てたりするで?」
「大丈夫だって。知り合いにいい人いるから」
「・・・・・・」
自信満々の言い方に、俺と茂くんは言う言葉をなくし。
長野はそんな俺たちから目を離すと、しゃがみこんでヨシヒコを見た。
「よっちゃん、もうホントに大丈夫だからね」
「ホント?」
「うん。長野くんに任せなさい☆」
ばしり、と力こぶを作った腕を叩く。
あー確かに。
任せておける腕、してるよ。
それからの長野の行動は早かった。
懐から携帯と手帳を取り出すなり、手帳を開く。
コイツほど携帯の機能を有効利用できてないやつも珍しいと思うんだけど。
お目当ての番号が見つかったのか、それを丁寧に打ち込んで。
さっと耳元に携帯を当てる。
「あ、もしもし?健?ちょっと頼みごとしてもいい?・・・うんうん、そう。
確かそっちで犬人間の首輪偽造してたって話してたよね?
はいはいはい、わかってるなー助かるよお兄ちゃん。
え、美味しい店?上手くやったらお礼に連れてってあげるから。うん、剛も一緒に。奢るよ。
ところでぶっちゃけお金どれくらいかかるの?・・・あー、ちょっと待ってて」
長野は携帯の話す部分を押さえ、俺の方を振り向く。
「登録偽造とか商品製作とかざっと見て500万ほどかかっちゃうけど大丈夫?」
「ご、ごひゃくまん?!」
首輪一つの値段ではないその額に俺はまたまた目を見開いた。
ヨシヒコの首輪に500万。
・・・・似合わねー・・。
コイツなら100円均一のものでも十分だと思うんだけど。
「ねーねー、ごひゃくまんってどのくらい?」
「うーん・・・よっちゃんの好きなたこ焼きが2000箱くらい食べれちゃうくらいかな」
「そんなに?!もしたべれたらおれ、しやわせだなー」
俺の横で余りにも平和的な会話が交わされている。
たこ焼きに500万も使うバカがどこにいるんだよ。
ため息をついていると、長野の視線が早く結論を出せと俺に訴えてきた。
あー。
「・・・500万、ねぇ」
「どうせ使い道なくて貯まってるんでしょ。いいじゃない、そんなはした金」
「簡単に言うなよ。ってかなんでお前が俺の金銭事情をしっかり把握してんだよ」
確かに使い道がなくて銀行に貯まりに貯まっている。
その中からの500万なんてはした金ではある。
・・・けど、やっぱりもったいないことはもったいない。
「相変わらずナンバーワンのくせにケチで庶民派なんだから。出すの?出さないの?」
じろり、と睨む長野の視線に負けそうになって反らすと。
横でヨシヒコが不安そうに俺を見てた。
そうだった。
首輪がないとコイツ、処分されちゃうかもしれないんだもんな。
そんなのは、嫌だ。
飼っちゃった手前、後味も悪いし。
「・・・・・・仕方ねぇな。出すよ。500万でヨシヒコが安全になるなら安いもんだ」
諦めてそう言うと。
長野は満足そうな笑みを浮かべて、携帯電話に耳を戻した。
俺はヨシヒコに目を向ける。
キョトン、として俺を見返すから、ひょいっと抱き上げてやった。
「サカモトくん」
「もう、大丈夫だかんな」
「ホント?」
「おう。長野にお礼、言えよ」
「うん!」
やっとヨシヒコの顔に笑顔が戻り。
俺の腕からぴょんっと降りると、長野にがばっとしがみついた。
「ありがと!ありがとナガノくんっ!!」
尻尾はぱたぱた。
耳はひょこひょこ。
笑いすぎで目がなくなってる。
・・・うん。
ヨシヒコはやっぱりこうでなくっちゃな。
オマケ。
「坂本くん坂本くん」
電話中の長野に呼ばれ、近づく。
あれ、ヨシヒコが何気に肘置きにされてんだけど。
にっこにこしてるから嫌じゃないんだろうけど。
一応、ウチのペットだからさー。
「首輪につける数字がいるんだって。何がいい?」
「何がいいって、なんでもいいけど」
「何でもいいなら適当に数字4桁、決めてよ」
「数字・・・」
言われて腕を組み、考える。
ヨシヒコ。
・・・ヨシヒコのって分かりやすい首輪がいいからなぁ。
あ。
「・・・4415」
「なんで?」
「ヨシヒコ、だから」
「・・・単純にも程があるよ坂本くん・・・」
「うるせーな。俺がいいっつったんだからいいんだよ!」
怒ってそっぽを向けば、長野はため息混じりにその旨を電話の主に伝えていた。
いいじゃん、わかりやすくて。
我ながらいい案だと思ってたから余計ムカつく。
「色?首輪の色・・・元気な子だからオレンジにしといて」
「おい、俺に聞けよ」
「坂本くん趣味悪いからダメ」
「しゅみわるいってなぁに〜?」
「んー?空気が読めないお馬鹿さんってことだよv」
「なんだと?!」
食って掛かろうとすると。
横でヨシヒコが感心したように声を上げた。
「へぇ〜くうきってよめるんだぁ。おれもよめないからばかなのかな〜?」
余りにも的外れな回答に、長野も苦笑いでヨシヒコを見た。
「・・・よっちゃん、別に空気に文字書いてるわけじゃないんだからね」
「はーい!」
「・・返事だけでお前意味わかってねぇだろ」
「えへへ。あ、マサヒロー!」
褒めたんじゃないのに嬉しそうにして。
ヨシヒコはマサヒロのところに駆けていった。
「おれ、くびわもらったよー!」
「ホントか?!よかったな!」
「うん!しんぱいしてくれてありがと!」
言って笑顔でぎゅむーっと抱きつく。
そんなヨシヒコごとマサヒロは飛び跳ねてて。
まるで兄弟みたいなその図に、俺と茂くんと長野は一緒に微笑んだのだった。
END
2006.11.13