ふらつく身体を何とか直立させ、家路に急ぐ。
坂本くんは家にいる、らしい。
岡田が本当のことを言ったのか、まだわかんないから断定は出来ないけど。
それでも。
今の俺にはそこに行くしか他に方法が無くて。
すれ違う人は俺を見て物凄い顔をしている。
さっきからずっと頭痛が止まないから、酷い顔になってるんだろう。
いいんだ。
倒れたっていい。
坂本くんに会えれば、もう。
死んだっていいとさえ、思っていた。
・・・狂ってんなぁ、俺。
坂本くんの家にたどり着いて。
ポケットから鍵を取り出しそれを使って玄関のドアを開けた。
「ただ、いまぁ」
入るなり玄関の段差に思いっきり躓いて転ぶ。
注意が他に向かない。
地面に身体を叩きつけた衝撃に小さく呻きながらも、もそりと起き上がった。
痛みよりも返ってこない言葉に不安になる。
ただいまって言ったんだから、おかえりって言ってくれたって、いいじゃん、坂本くん。
身体を引きずるようにして居間に向かう。
いつもと違う雰囲気。
部屋を見た瞬間、それが何かを悟る。
そこには、何もなかった。
まるで人が、最初から誰も住んでいなかったように、綺麗で。
食事に使っていたでかいテーブルも。
坂本くんの愛用していた調理器具も。
大好きだった白いソファも、全部無くなっていた。
俺が眠っている間に、どれだけのことがあったんだろう。
ここまで来るのに残っていた力を使い果たしてしまったのか、がくん、と俺の膝が崩れ。
そのまま、綺麗な床にゆったりと倒れこんだ。
「・・・っなんで、居ないんだよ」
冷えた床が幾らか頭痛を和らげてくれる。
一緒に俺の呟きも、空気の中に溶けて消えていった。
だって、聞いてくれる人が居ないんだもん。
薄情者の坂本くん。
文句、言いに来たんじゃないんだけど。
「・・・・・・ばぁ、か」
寂しさを紛らわすように、言葉が漏れる。
もし坂本くんが居たら何て言うだろう。
何が馬鹿だこの野郎、とか逆ギレしちゃったりして。
なんて、ね。
「・・・なーにが馬鹿だ、快彦」
頭上から、声。
信じられなくて、顔を上げられない。
見たら今度こそ本当に会えなくなる気がして。
でも。
見なきゃ一生後悔する、から。
目をやった先には、黒い服を身に纏った坂本くんが立っていた。
手には掃除機。
俺はさっき洗面所には行ってない。
あー、そういえばその掃除機、通販で新しくしたばっかだっけ。
・・・・・・律儀に取りに来てんの?
馬鹿、じゃん。
「病院抜け出して何やってんだ」
周りに心配かけるなよ、と戒められた。
気まずさの欠片も無い。
あまりに自然な坂本くんの言葉に、拍子抜けする。
「・・・だって、坂本くんが、来て、くれないんだもん・・・お見舞い」
我慢出来なくて来ちゃった、と言えば、子供かよ、なんていうボキャブラリーの無い突っ込みが返ってきた。
そう、だね。
本当に、子どもだ俺。
坂本くんは倒れたままの俺の傍にしゃがみ込み、頭を撫でてくれる。
うん。
この手だ。
俺が欲しかったのは、坂本くんの手だ。
これを失うのは悲しいけど。
他の皆が坂本くんの傍に居続けられるんなら、我慢する。
「・・・・・・ごめん、ね」
「なにが?」
「俺の所為でこんなことになっちゃって、ごめん」
いなくなるから。
俺がいなくなるから。
だから、坂本くんがいなくなる必要なんて、ない。
言えばキョトン、と。
目を丸くして俺のことを穴が空くほどに見つめてきた。
「・・・・・・なにが?」
「え、だから、俺の所為で」
「・・・なんで?」
「なんで、って・・・・・・なんで?」
二人して疑問系になって、会話が止まる。
かみ合わない言葉の応酬。
俺が謝る理由が坂本くんにはよくわからないらしい。
「や、だって、俺の所為じゃん。坂本くんが、この家に居られなくなるのって、さ」
「え、そうなの?」
「そうなの?って・・・そうじゃないの?」
尋ねればふるふると首を横に振った。
えええ。
「違ぇよ。これはただの引越し」
「ひ、引越し・・・?」
「うん。システムキッチンが欲しかったから、引越し」
「・・・・・・え」
次の家にはIHクッキングヒーターが付いてて便利なんだって坂本くんが笑うのを。
俺は、他人事のように見ていた。
え、馬鹿?
この人って、筋金入りの馬鹿?
「・・・アンタ、剛に仕事してるとこ見つかってんのよ?」
「うん。だから剛たちには教えんなよ、引越し先」
掃除機をうんしょ、と背負いながら坂本くんがさらり、とそう言って。
付け足すように家族少なくなっちゃうのは寂しいだろうけどまぁ我慢してくれ、と。
言いながら、俺の頭をわしゃわしゃ掻き混ぜた。
ぐしゃぐしゃになった頭のまま、坂本くんを呆けた顔で見ていれば。
あ、と短く声を上げて俺の手を取った。
硬く握り締めたそれをゆっくりと解いていけば。
血に染まった、もはや原型を留めていないペンダントが出てくる。
「・・・なんでこんな壊れてんの?」
「・・・色々、あったんだよ」
「ふぅん」
ちゃり、と鎖を抓んで持ち上げ。
お店に行って直してもらわなきゃなぁ、とぼやく声。
捨てちゃえばいいのに、何で直すのよ。
そんなに高いものでもなかったから、また買ってくるよ。
言えば、ふるふると首を横に振られる。
「これはお前が初めて貰った給料で俺に買ってくれたもんだからな」
なんて言って、坂本くんは嬉しそうに歯を見せた。
「お前はとりあえず、博んとこ戻れ」
連絡先はちゃんと博に伝えとくから、と。
ペンダントを懐にしまいながら、これまた普通に俺に言って。
抵抗する理由も見当たらずにこくんと頷いてみせると、にひ、と歯を見せるようにして笑った。
あ、れ・・・?
「おれ、居なくならなくてもいいの?」
「へ?何でお前が居なくなるんだよ」
「いやいやいや、だって、そうじゃないの?」
「お前が居なくなったって、俺がそういう仕事してる限り、何も変わんねぇだろうが」
「・・・あ、そっか」
「っていうか知ってんなら先に言えよ。無駄に心配してた俺が馬鹿じゃん」
ついでに博も、と付け足しのように言う。
これひっくんが聞いてたら物凄い笑顔で坂本くんの足踏むんだろうな。
その様子を思い浮かべてたら、自然と笑えてくる。
ひっくん、心配してるかな。
帰ったらごめんねって謝らないと。
「・・・ねぇ、坂本くん」
「んー?」
「一つ、お願いがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「・・・・・・病院まで、送って」
俺、もう限界。
足動く気配もないし。
坂本くんのオンボロ中古車でバーっとさ、と言えばベシリと叩かれた。
あは。
病院に着くと、ひっくんが物凄い形相で出てきて。
顔を合わせるなり、頬を平手で叩かれた。
「馬鹿!」
「ごめん、なさい」
項垂れれば、重い重いため息の後。
「心配、したんだからね」
と、ひっくんが何だか泣き出しそうな声を出すもんだから。
ごめんねー!と叫んでぎゅむーっと抱きついた。
その後ろに小さな三人の姿も見える。
剛と健はひっくんと似たような表情で。
岡田は運転席にいる坂本くんを見て呆けて、そしてすまなそうに俺を見た。
「・・・いのっち」
「岡田、気にすんな」
「でも」
「俺がもし岡田で、お前がもし俺だったら、きっとぶん殴ってたから」
にひ、と笑ってみせる。
岡田も俺に負けないくらい、坂本くんが好きなんだもんな。
それでも何だか不安そうに小さくなってるから。
俺はひっくんから離れて、今度は岡田をぎゅうっと抱きしめた。
虚勢を張ってる分、大きく感じたけど。
実際は華奢で、壊れそうな身体。
こんな小さいのに辛い仕事やってんだもんな。
大丈夫、と呟けば、ぎゅうっと抱き返してきた。
「かわいい〜v」
「う、うっさいわ。可愛いてなんやねん!」
「だってかわいいんだもーんv」
わたわた暴れる岡田と、それを離すまいと力を込める俺。
その後ろで、俺たちを見守る8つの目。
「・・・あーあ、始まっちゃったよ」
「井ノ原くんってばホント変態だよな」
「男に可愛いってなんだよ可愛いってさー」
刺さる視線が痛いけど、心地いい。
だって、皆そういう俺のことを分かってくれてるから。
「さ、よっちゃんはベッドに戻ること!」
「はーい!」
元気よく返事をすれば、ひっくんはいつもの笑顔に戻って。
他の三人は俺に向かって悪態をつきながらも先に病院の中へ入っていった。
どうやら今日は一緒に居てくれるらしい。
ホント、可愛い子ばっかりだ。
「博」
車の運転席から坂本くんが顔を出す。
「何?」
「快彦、よろしく頼むな」
「分かってる。そっちも上手くやんなよ」
「おう。ま、すぐに済むだろ」
「ヘマしないようにね」
「お互いにな」
「俺が坂本くんのような馬鹿な鈍臭いヘマをするとでも思ってんの?」
「・・・・・・ごめんなさい」
怯えた様子で運転席の窓をしゅるしゅると閉じる坂本くん。
それを冷ややかな笑顔でひっくんが見守る。
このやり取りはもう見慣れたな。
じゃあな、と一言坂本くんが言った後、車が走り出し、あっという間にその姿を消していった。
眩しそうにそれを見送るひっくんを見ていれば、ふと目が合う。
優しげで、少し悲しげな瞳。
全部知ってる瞳だ。
「坂本くんから話は聞いたの?」
「うん」
「そっか・・・寂しくない?」
「ひっくんと坂本くんが居れば大丈夫」
今までもそうだったし、と笑って見せればそっか、と優しい相槌。
もう一度ぎゅうっと抱きつけば、甘えただねぇ今日のよっちゃんは、なんて言われたけど。
たまには甘えたくもなるんだよなんて言いながら、俺は笑った。
入院期間は短く。
あれだけ酷かった頭痛も、あっという間に落ち着き。
早々と退院の日がやってきた。
普段着に着替えて身支度をしていれば、剛と健が病室に入ってくる。
ひっくんには俺が遠いところに引っ越すってことで二人に話をしてもらった。
無駄に隠すよりもそう言っちゃった方が却って自然でいい。
それを知っているからか、二人ともどこか寂しそうだ。
「いなくなっちゃうの?井ノ原くん」
「そうだねぇ。あ、寂しい?寂しい??んもー剛ちゃんも健ちゃんも最後まで俺のこと大好きなんだからっv」
「・・・その井ノ原ワールド突入はどうにかならないわけ?」
ジト目で俺を見る二人。
そんなこと言われましても。
可愛いものを可愛いと言って何が悪い!
「正直者と言ってくれ!」
「正直って言うよりはちょっと馬鹿だよね、よっちゃん」
「・・・・・・いきなり現れて早々に毒吐かないでよーひっくーん」
今度は俺がジト目になってひっくんを見つめれば。
はい、と白い封筒を渡された。
「・・・・・・何?」
「退院祝い」
開けてみて、と言われてぺりぺり封を切れば。
端正な字で書かれた住所が一行、書かれていた。
これって、と言いかけた俺を、ひっくんは自分の口の前に人差し指を置いて制止する。
あ、そっか。
「井ノ原くん、それなんて書いてあんの?」
不思議そうに健が聞いてくる。
えっと。
「ひっくんの俺に対する様々な愛の言葉が書いてあるーv」
「・・・よっちゃーん?」
「嘘でーす。退院おめでとうって、坂本くんから」
笑ってみせれば、剛と健も一緒に笑ってくれた。
退院おめでとう。
ありがとう。
二人とも、ばいばい。
短い間だけど楽しかったよ。
心の中でそう呟きながら、俺はぎゅむーっと最後に二人をもう一度抱きしめた。
新しい生活が始まることに小さく胸を躍らせながら。
・・・すっげぇ嫌がられて健ちゃんに蹴り入れられたってことは、俺の名誉のために伏せておく。
END
>終わった・・・!(笑)イノセンス、一応完結という形です。
当初考えていた設定とはかなり変わってしまったのですが、どうにかここまで来れました。
どうでしょうツキイさま。少しでもご期待に添えていたのなら嬉しいです。
途中にツキイさま宅で見かけたネクジェネネタも組み込んでみたり(笑)
番外編もまた書けたらいいなぁなんて思ってます。書きようはいくらでもありそうですので。
アンケートリクに加えて3周年のお祝いも兼ねて、ツキイさまへ捧げます。貰ってやってくださると幸せです。
3周年おめでとうございます&リクエストありがとうございましたー!
2007.5.1