○月○日
いのっちを坂本さんに預けてお出かけ。
俺が留守の間、何かいろいろあったらしい。
別名、坂本さん災難まみれの日である。




































































































































とんとん、と原稿の端を揃えて茶封筒に入れる。
口に封をして、準備完了。
カバンにそれを詰め込んで、持ち上げ肩に引っ掛けた。





「じゃあ、行ってくるな」
「うん」
「お昼は坂本さんに頼んであるから、ちゃんと食べるんやで」
「分かってるよ」
「よし。ほな、行ってくる」
「行ってらっしゃーい!岡田ぁ、頑張れよーぅ!」




























玄関先で激励の言葉を背に俺は家を出た。
それが、5時間前のことである。

























いつも通り玉砕した俺は、いのっちを迎えに坂本さんの部屋に訪れたのだが。
ドアを開けた瞬間、背中に坂本さんが回りこんできた。
前のゴキブリ事件の時のような、いや、それよりも酷く怯えている表情に、俺は首を傾げる。





「・・・どない、したんですか」
「おれ、もう、ここ出てく」
「何言ってんですか。そないなことされたら俺住む場所無くなりますやん」
「だって、長野が」
「長野くんが、どうしたんですか?」




俺が問いかけると、坂本さんは聞いてくれよーと流れる滝のように流暢に話し出した。



























































話は2時間前に遡る。
坂本さんと長野くんが知り合いなのは既に周知の事実だ。
久しぶりに再会したということで、坂本さんが長野くんを引きとめ、一晩語り明かしたらしい。
その時に、このアパートに来いよと勧誘をし、誘われた長野くんは俺のもう片方の隣に引っ越してくることになった。
そこまでは至って普通の流れである。





が。
坂本さんは忘れていたのだ。
長野くんが昔、どんなキャラだったのかを。

































行動の早い長野くんは、3日後の今日に越してきた。
さして荷物も無かったので、早々に引越し作業は終わり。
四角い箱を持ってやってきた長野くん。
インターホンを押し、つまらないものですが、と丁寧に挨拶も兼ねてそれを坂本さんに差し出した。





「こんな気、使わなくてもいいのに」
「いや、一応礼儀だし」
「ふぅん。まぁ、上がれよ。井ノ原も来てるぞ」
「え、そうなの?岡田は?」
「仕事探しに出かけたらしい」





説明をしつつ家の中に入り、丁寧にお茶を出した後。
長野くんからの引っ越し祝いの品物の中身を確かめるべく、包装を解き、蓋を開けた。
瞬間。

























「ぎゃーーーーーーーーーーっ!!!」















坂本さんの叫び声が部屋中に響き渡り。
いのっちはキョトンとして、長野くんはニヤニヤしながらそれを見ていた。
白い箱の中には黒いもそもそと動く何かが入っていて。
坂本さんは半分泣きそうになりながらそれを居間に居る二人の元へ持っていく。





「ななななななな、なっなんだこれ長野虫!ちょ、むむむむ、むっ虫ーーー!!!」
「すっげぇ長野くんこれヘラクレスじゃん!」
「高かったんだよー2万もしたんだから」
「おまっ、この、引っ越し祝いに2万もかけんな馬鹿!」
「えーだって、普通じゃつまんないじゃん」
「つまらないものですがって言ってんだからつまらないもんでいいんだよタオルとか洗剤とかそういうので!!!!」
「俺ヘラクレスの方が嬉しいー!」
「ほら、よっちゃんも喜んでる」
「・・・お前俺が虫嫌いなの知っててわざとチョイスしただろ!!!」
「そうだけど、何か?」
「・・・・・・!!!!!!」





あっさりと事実を認めてしまった長野くんに、坂本さんは反論する事も出来ず。
真っ白に固まっている前で、長野くんはまた別な箱をいのっちに差し出した。





「はい、よっちゃん」
「何?これ」
「岡田に渡して、引っ越し祝い。図書券と万年筆だから」
「わーありがと!岡田すっげぇ喜ぶよ!」
「そんでよっちゃんにはコロッケね」
「わーい!山口商店の馬鈴薯コロッケー!!」





長野くんからコロッケをもらったいのっちは嬉しそうに中を漁ってもぐもぐ食べだした。
その姿は想像に容易い(彼の行動はいつもオーバーだからである)
固まっていた坂本さんは我に返り、喜んでいるいのっちを見て苦笑する。






「山口商店のコロッケでここまで嬉しそうにするなんて安上がりなヤツだな」
「だって、すっげぇ美味いんだよこれ!100円でも俺買うし!」
「・・・そんなに美味かったっけ?」
「坂本くん、食ったことあんのかよー?」
「ある。あそこは俺の幼馴染みがやってる店だからな。金が無い時は重宝したもんだけど」
「けど?」
「アイツは大して料理上手じゃねぇし、それを超えるコロッケなら俺だって作れるぞ」
「坂本くん。ごちゃごちゃ言う前にとりあえず食べなよ美味いから」
「い、いてててててて!な、長野さんっ長野さん足っ」
「何?どうしたの急に悶えちゃって」
「コロッケー」
「あ、坂本くんのはこっちだから」
「・・・何故紙袋が違うんだ、長野」
「よっちゃんのは引っ越し祝い。これは俺が食べようと思って買って来たやつ」
「ああ、成る程・・・って、ぎゃーーーーーーーーーー!!!!!」
「ヘラクレスーーー!!」
「あっはっはっはっは、ホント虫嫌い変わんないんだね坂本くんって」
「この・・・っ長野出てけ!二度と俺の前に姿見せんなこの野郎!!!!」
「出てってもいいけど、その代わり坂本くんの家のポストに毎朝毎晩クワガタとかゴキブリとかトンボとかそういう虫の類を一日も欠かさずに放り込んでやるから、それでもよければ追い出せば?」
「・・・・・・・・・・!!!!!!」
「すげー!剛ちゃんと健ちゃん大喜びじゃん!」
「黙れ井ノ原コラァ!!!」
































































































めそめそと乙女泣きをしながらその状況を話す坂本さん。
な、何かちょっとショックだ。
虫嫌いもそこまでくると酷くダサい。
ゴキブリが駄目なのはまだ分かるとして、カブトムシくらいはどうにかして欲しいものである。
はぁ、とため息をついていると、奥からドタドタと足音がして。
満面の笑みのいのっちがこっちに向かって走ってきた。
うっわ。
抱きつかれて立っていられる自信が無いので、手をかざしてストップ、と言えば止まる。
その場で足踏みしながらにっこにこして。
・・・この辺りワンコやな。






「おかえり岡田ーーー!!」
「ただいま。・・・頭に何つけとんねん」
「え?あは、カッコイイだろ?ヘラクレス」
「ぎゃーーーーーー!!!!!」
「・・・止めたげて、いのっち。何か可哀想になってきた」






俺を盾にして物凄く怖がる坂本さんを擁護すると、いのっちはこてんと首を傾げた。
どうやら故意的にやってるのではないらしい。
と、すると、主犯は長野くんか。
おじゃまします、と断り、中に入れば、平然としてお茶を飲む長野くんが座っていた。
顔に浮かぶは意地の悪い笑み。
隙あらば何かを仕掛けてやろうと企んでいることが丸分かりだ。
どうしてこの表情に坂本さんは気づかないのだろう。






「あ、おかえり岡田」
「長野くん、引っ越して来たんですね」
「情報早いねぇ」
「今しがた坂本さんから聞きました」
「あーそう」
「・・・あんまり虐めないでくださいね、坂本さんのこと」
「何のこと?虐めたつもりはこれっぽちも無いけど。ねぇ、よっちゃん」
「おう!ヘラクレス!」
「分かったから格好いいからそれ箱の中戻していのっち」






いつまでも頭にヘラクレスを引っ付けているいのっちにそう言えば。
彼ははーいと返事をし、素直にそれを箱の中に戻した。
よし。
玄関に戻り、ドア付近でガタガタ縮こまっている坂本さんに声をかける。
・・・この姿、剛くんと健くんには見せたくないな。






「坂本さん、ヘラクレスもう箱の中ですから」
「・・・ほ、本当か?」
「嘘ついてどないするんですか俺が」
「長野箱に触ってない?」
「触ってませんて。座ってお茶飲んでますから」
「井ノ原の頭は?」
「だからもう箱の中に入れたっちゅーとるやろが」
「・・・俺、大家さん?」
「何の質問やねん」






虫の恐怖の後遺症であらゆるものを信用出来なくなったらしい。
ついつい敬語を忘れて突っ込んでしまった。
俺よりでかいのに虫をここまで怖がるなんて、変な人や。
間接的手段で撃退すればいいものなのに。
まぁ、そのおかげで俺んちの家賃は毎回浮いとるわけやけど。
大丈夫だって言ってるのに、坂本さんはなかなか部屋に戻ろうとしなかった。
俺じゃ駄目ってことか。
早々に諦めて居間に戻れば、長野くんがすくっと立ち上がる。
いや、ちょっと待て。
主犯が行ってどないするん。






「ちょ、長野くん!」
「何?」
「・・・今坂本さんに何しに行くつもりですか?」
「え?こっち来ないとこのアパートに大量の虫を放し飼いするよって言いに」
「だだだ、駄目ですそんなん!余計怖がりますよー!」
「それが面白いんだけどなぁ。駄目かー」






渋々諦めて元の位置に座り込む長野くん。
面白いって。
いや、面白いかもしれんけど。
坂本さんが大家辞めてしまったら俺の家の存続の危機や。
ただでさえ仕事見つかってないのに、家まで無くなってしまったらどうすればいいっちゅーねん。
いのっちだっているし、困る。
眉を顰めてぐるぐる考えていたら、いのっちが立ち上がった。
手にはコロッケの袋。
あぁ、好きやなぁそれ。
てくてくと歩いて、玄関に向かう。
未だ警戒警報が鳴り響いている様子の体育座りの坂本さんを見て、向かい側にしゃがみ込んだ。






「まーくん」
「・・・まーくん言うな」
「コロッケ美味しいよ」
「・・・そっか」
「俺がもらったやつだけど、一個あげる」
「・・・さんきゅ」






いのっちが紙袋からコロッケを出して差し出す。
一個だけね、と念を押して。
坂本さんはそれを受け取り、はむ、と一口齧った。






「美味い?美味い?」
「・・・美味い」
「ほらー!」
「こんな美味かったっけ、これ」
「うん!」






いのっちはにへ、と顔中を笑顔にした。
まるで自分が作ったかのように誇らしげに。
それがあんまりにも嬉しそうだったからか、坂本さんがふっと笑う。






「お前、笑うと変な顔だなぁ」
「ええっ?!可愛いって評判なのにー!」
「可愛いっつーか、見てたら元気出る」
「そうかなぁ?」
「おう」






わしわしといのっちの頭を撫で、坂本さんは体育座りを崩した。
警戒警報も無くなり、楽しそうに話し出す。
ああ、よかった。
危機回避成功。
ちらり、と横を見れば、いつの間にか長野くんが立っていて驚く。
気配が無かったのも理由のうちの一つだけど。
笑顔を湛えていたはずの表情が少し硬くなっていたから、ビックリした。






「長野、くん?」
「・・・まずいな」
「え?」
「坂本くんにはあれ、食べさせるつもり無かったのに」






言うなり、つかつかと二人に寄っていった。
いのっちの頭を撫で、しゃがみ込んで坂本さんに向かって手を出す。
それ頂戴、と。






「何でだよ」
「あんまり美味しそうに食べてるから俺も食べたくなっちゃった」
「まぁ、いいけどよ」
「さんきゅー」
「俺、まだあるよー?」
「それは帰って岡田と夜ご飯に食べな、よっちゃん」
「うんっ」






ぶん、と首を縦に振っていのっちは頷き。
立ち上がって俺の方に来て、ぎゅっと手を繋いだ。







「岡田、帰ろう」
「あ、おん」






二人きりにするのは何だか怖かったのだけど。
ヘラクレス回収したし、問題ないか。
剛くんと健くんは喜ぶかもしれんけど、坂本さんが可哀想だから。
箱入りヘラクレスくんはお持ち帰りすることにした。
虫かごに入れて、いのっちにお世話させよう。
箱を持って嬉しそうにするいのっちと一緒に、それ以上に嬉しそうな表情をしている坂本さんに見送られ。
隣の部屋に戻って、ようやく一息ついた。







慌ただしくて忘れてたけど、俺、ちょっと落ちてたんやった。
はぁ。
ため息をついた俺にいのっちが敏感に気づいて、顔を覗きこんでくる。










「今日どうだった?」
「ダメやったん。玉砕」
「元気出せ!明日があるさー!」
「・・・そうやね」






どうにか笑って見せたものの、いのっちにはバレバレで。
彼はオロオロして俺の周りをくるくる回りながら、だいじょぶか、だの夜ご飯のコロッケ一個やるから、だの気を使ってくれた。
落ち込んでたって良いこと無いのは分かってるんだけど。
でも、なぁ。
早く仕事決まらないとここにすら住めなくなるから。
先行きが見えなさ過ぎて、余計に不安だ。






「いざとなったら俺もホームレスか・・・」
「そん時は俺が色々教えてやるよ!」
「・・・・・・おおきに」






いのっちに教わるということに一番不安さを覚えた俺は。
ホームレスには絶対にならない、と心に刻み。
いざとなったらアルバイトして食い繋ごうと固く心に誓ったのだった。






NEXT


ぽんたったキリリクどもでしたー!ぎゅむ!(こら)
今年もまー虐めで盛り上がろうぜー!
誕生日もおめでとーう!何だかあっちで語っちゃったのでこの辺で(笑)
2007.11.9