外は雲ひとつない真っ青な空。
その下で剛は新境地を切り開くため、自転車を漕いでいた。
新発見は意外と傍に。
目的地は、ない。
ただ、遠くに、自分の知らないところに行ってみたかっただけなのだ。
小学生が一人で遠出なんて、と昌行は反対したのだが、剛は店が忙しくなってきたのを見計らって勝手に出てきてしまった。
これが博だったら剛はしぶしぶ諦めていたかもしれない。
しかし、当の博は別にいいんじゃない?とのん気にのたまったため、剛の気持ちは決まった。
昌行の落とす雷よりも知らない場所に行くという好奇心の方が勝った良い例である。
つい最近、自転車の補助輪が外れたばかりというのもあるだろう。
いつも一緒にいる健が用事でいなくて一人で行動しているということもあるのだろう。
何にせよ、彼はとてもわくわくしていた。
さっそく知らない公園を発見し、今度健にも教えてやろうと思った、その時。
公園に出来た人だかりを見つけ、自転車を漕ぐのを止めて首を傾げる。
ユーメージンでもいるのかな?
自転車から降り、中心にいるのが誰なのかを確認しようと近付いていくうちに、耳に歌声が聞こえてきた。
アコースティックギターの音に乗るその声は優しく。
聴いていて気持ちのよくなるような、それでいてどこかで聞いたことのあるような、その歌声に。
剛はあっという間に耳を奪われてしまった。
身長の低さが災いして、歌っている人は人だかりによって見えない。
それでも一目見ようと剛はぴょんぴょんと最後尾で飛び跳ねた。
しばらくすると、演奏が終わりその場は拍手の音で包まれる。
見えねぇよー、と悪態をつきながらも、演奏に拍手を送っていると。
「どもどもっ!わざわざ来てくれてありがとねー!」
剛の耳に、朝聞いたばかりの聞き慣れた声が響き。
それと同じ位のタイミングでわしゃわしゃと人ごみをかきわけて現れた男は、剛を見つけると細い目を大きく見開いた。
「快兄?!」
すっとんきょうな声をあげた剛に、人だかりはざわつき。
突然の弟の出現に快彦は普段と変わらぬ顔に苦笑いを浮かべた。
「なんで・・・っ?!」
「あー・・・剛ちゃん・・・きっ、奇遇だねっ☆」
えへ、とかわいこぶるものの、しっかりと動揺しているのがわかる快彦。
漫画のように汗が顔を伝って流れ落ちる。
そしてそんな快彦よりも口をぱくぱくして動揺している剛がいた。
「ま、まー、ここで立ち話もなんだし、あそこで話そーかv」
言って快彦が指差した先には、ポツンと小さな喫茶店が見えた。
「ねぇ、快兄は何であそこにいたの?」
大きなチョコレートパフェを掘りながら剛はそう尋ねた。
快彦はあー、と声を出し言葉を濁す。
視線はキョロキョロと落ち着きがない。
「あ、あれ実は大学の授業でさー」
「しっかりお金貰ってたのに?」
「・・・お前そういうとこ、よく見てんなぁ」
誤魔化そうとして逆に上手く突っ込まれてしまい、肩を落とす。
確かにお金は貰っていた。
聞いている人が進んで入れているのだが、その事実は否定できない。
はぁ、と諦めたようにため息をつくと、快彦は剛に目を向けた。
「俺はあそこでストリートミュージシャンを・・・」
言いかけて、留まる。
小学生にストリートミュージシャンという単語が分かるか不安になったのだ。
「えーっと・・・道端で歌ってるっつったらわかるか?」
「うん。だって俺さっき見たし」
「そっか。まぁ、見たとおり」
「ふうん」
さっきの動揺はどこへやら。
剛は落ち着いた様子でパフェを口に運ぶ。
それを見て、快彦は安堵の表情を浮かべた。
安心したのか、普段から饒舌な口がすらすらと言葉を紡ぐ。
「俺ねぇ、将来ミュージシャンになりたいのよ。
そりゃ周りには夢見てるとか現実逃避とか言われるけどさ、楽しいわけ、歌うことが。
楽しそうに俺の歌聴いてくれるの見てると嬉しいし、これきっと天職だなぁとか思ったりしてさ」
熱っぽく語る快彦を見て、剛は難しいことは分からないけど快兄は歌うことが好きなんだなということだけを感じていた。
好きなのも分かるし、なにより上手いのだ。
音楽があまり好きではない剛の心ですら、快彦の歌声は攫っていってしまった。
楽しいから、嬉しいから、好きだから歌う。
正直な気持ちが歌に出てるんだな、と思ったけれど、口には出さなかった。
そういうのはなんだか気恥ずかしいから。
「・・・あ。昌行くんには内緒だぞ?」
「へ?なんで?」
「あの人に知られたらすげー怒られる気がするからさ」
片手を口の傍に添え、囁くように言った。
実際に想像してみてまぁ確かに、と剛は思う。
昌行は兄として当然のことをしているのだが、如何せん過保護なところがあるのだ。
兄馬鹿だよねーと快彦は笑うが、満更でもないらしい。
「頼むよ剛ちゃん。昌行くんにだけは言わないでくれよ?!」
両手を合わせて必死に懇願する快彦に、剛はにやりと意地悪い笑みを浮かべた。
「どーしよっかなー・・・言っちゃおうかなぁ♪」
すると快彦は負けじとにんまり笑い、剛の目の前にある空になったパフェのグラスを指差し。
「口止め料、これだからヨロシク☆」
と、無邪気に笑って言い放ったのだった。
帰り道、剛は自転車を転がしながらとなりで歩く快彦の背中を見つめていた。
いつもふざけてるばかりの彼が、どういう顔をして歌うのか。
知りたくて知りたくて仕方なかった。
「ん?どーしたの剛ちゃん?」
横からの視線に気づいて、覗き込むように尋ねる。
「・・・なぁ、俺またここ来てもいい?」
「へ?」
「快兄の歌、ちゃんと聞いてみたいんだ」
一生懸命、訴えるようにそう言うと。
快彦は一瞬驚いたような顔をしてから、思いきり嬉しそうに顔中を笑顔にした。
そして剛を上からぎゅむっと抱きしめる。
「うわっ」
「もちろん大歓迎vに決まってんだろ!剛ちゃん大好きv」
「うえ〜!気持ち悪い!!ウザい!!!細目!!!!離れろぉーーー!!!!!」
前言撤回。
剛は心の中でそう叫んだのだった。
なんとか快彦を引き剥がし、姿勢を正していると。
「・・・あ」
突然、快彦は声を上げた。
「ぁ?」
「剛ちゃん・・・今、何時?」
ぎぎぎ、と機械音がピッタリな首の動きをして快彦が尋ねる。
「え、あー・・・えと、5時、ちょっとす」
「あああああああああーーーーーーーー!!!!!!!」
剛の言葉を聞き終わらないうちに、快彦は悲鳴を上げた。
「な、なんだようるっせーな」
「准ちゃん忘れてたーーーーー!!!」
「はぁ?!」
「わり!剛これ頼む!!」
手渡されたのは大きなギターケース。
そのまま快彦は幼稚園の方向へ走っていってしまい。
残された剛はただ呆然と立ち尽くしていた。
「ど、どうしろっていうんだよ快兄・・・・・」
快彦が幼稚園にたどり着くと、もう准一の姿はなく。
ヒガシ先生に笑顔の素敵な少年が連れて帰ったと聞き、青ざめた。
博くんが連れて帰ったんだ・・・・!!
それを知り、快彦は家に帰りたくなくなった。
しかし、帰らなければご飯が食べられない。
昌行のご飯と博の爆弾。
かなりハラペコだった快彦に、冷静な選択など出来るはずもなく。
家の玄関の戸を音を立てないようにそっと開け、首を差し入れたその時。
ビュンと音がして、何かが快彦の顔面に凄い音を立てて直撃した。
「はぐっ!!」
思わずうめき声を上げ、後ろに倒れこむ。
「よっちゃーん!おっそいじゃんv待ってたよぉv」
足元に転がっていたのは緊急用の懐中電灯。
降ってきた声に反射的に顔を上げた瞬間。
「っっっっぎゃーーーーーーーーーーー!!!!」
快彦はこの世の中で一番恐ろしいものを見た気がした。
「快彦」
じろり、と昌行のキツイ視線が快彦を刺す。
正座をしていた快彦はビクッと背筋を正した。
「何か、言いたいことはあるか?」
「・・・・えっと・・・准ちゃん、ごめん」
へこ、と床に手をつき、准一に向かって深々と頭を下げる。
さっきまで泣いていたので、准一の目は赤い。
「じゅん、よしくんまってたんよ。でもよしくんこなくて・・・っく・・・さみしかったぁ・・・」
「ごめん!ほんっとごめん!!」
うるうると涙を滲ませる准一に、快彦はただ謝るしかなかった。
すると、肩をぽんぽんと叩かれる。
「よっちゃん、准だけ?」
付き合いの長い分、見なくてもわかるのだ。
博がどんな顔でその台詞を言っているのかを。
「・・・・博くんにもこの度は多大なご迷惑をおかけしましたすみません・・・!」
青い顔で震えながら博に頭を下げる。
「・・・他には?」
「え?」
「他にも何かあんだろ」
何もかも見通しているような瞳に、快彦はうっと詰まった。
「な、なに言っちゃってんの昌行くん・・・・そんなことないよぉ」
「ネタは上がってんだよ」
昌行は快彦の目の前にギターケースを突きつけた。
まさしく、それは快彦のもので。
慌てて剛に目をやると、ムッとした目線を返される。
「小さい弟にこんなでかいギターケース持たせて、挙句の果てに准一の迎えも忘れるとはどういうことだ快彦!!!」
ダンッと床を握り拳で叩き、怒鳴る昌行に、快彦は何も言えずただ俯いている。
彼の言うことは最もだからだ。
「話せよ」
「・・・・・・」
「隠し事はしない約束だろ」
ドスの聞いた声が少し緩む。
恐る恐る快彦が顔を上げると、昌行が真面目な顔で、少し悲しそうにして自分を見ているのがわかった。
俺を信じてくれないのか、と問われているような目。
お互い隠し事はしない。
それは小さな頃、昌行と快彦が結んだ約束だったから。
快彦は覚悟を決めると、口を開いた。
「昌行くん。俺、ミュージシャンになりたいんだ」
ぴくり、と昌行の眉が動く。
「だから学校が終わってから公園でギター弾いてる。
今日は色々あって准ちゃんの迎えの時間忘れちゃって・・・ホント、ごめん」
言ってへこっと頭を下げる。
しばらく、誰も口を開かない。
その空気をあっさりと破ったのは博だった。
「よっちゃん、本気なの?」
「うん」
「厳しい世界だよ。知ってる?」
「知ってる。それでも、やりたいんだ」
博を見据える快彦の瞳は真剣そのもので、博はため息をついた。
「昌兄。よっちゃん本気だ」
「・・・・・・」
眉を顰め、眉間に皺を寄せている昌行にそう、声をかける。
「認めてあげてもいいんじゃない?別に悪いことじゃないんだし」
ふわん、と笑って博は言った。
「しかしだな・・・」
「その代わり約束させればいいでしょ。准一の送り迎えはきちんとするとかさ」
ね、と博の説得に合い、昌行はとうとう折れた。
「・・・・・次、准一の送り迎えを忘れたらやめてもらうからな」
これが兄としての最後の抵抗である。
その言葉を聞いて、快彦の表情は見る見るうちに変わっていく。
「ほ、ホント?ホントにいいの??」
「ああ。約束を守るならな」
「守る守る!うわ、やった!!やったよ!!ありがと、博くん!」
ガッツポーズをして快彦は博に抱きついた。
「どういたしましてvそのお礼と言っちゃなんだけど・・・」
「ん?」
「よっちゃんが歌う歌、聴いてみたいな〜俺」
にっこりと笑みを浮かべて言う博の言葉と。
家族の同じことを思っているような顔を見て。
快彦はそれに顔中を笑顔にして答えたのだった。
END
ブイ□ク家族計画第二段でございます。
三男のストリートミュージシャン奮闘期といいますか。
拓生さま宅の三男に感化されて一気に書き上げてしまいました。
なんだかだらだらとした兄弟の話ですが、こんなのもありかなぁと。
四男が出張ってないところに不思議を感じます。
三男の出張り方はもう凄まじいですけどね(笑)
2006.7.22