30:いつでもここにいるから。
こんこん。
部屋のドアをノックする音に、快彦はベッドの上で伸びをしながら顔を上げる。
ただ今A.M.1:00。
借りてきた本が面白くて、キリのいいところまでと思っていたらこんな時間になってしまったのだ。
「誰ー?」
入っていいよーと返事をすると。
がちゃりとドアを開けて入ってきたのは昌行だった。
「どしたの、昌行くん」
「・・・ちょっといいか」
言った昌行の表情は真剣そのもので。
快彦はごろん、と寝返りをうち、欠伸をした後起き上がった。
「いいよぉ?ちょうど本も読み終わったし」
ここくれば?と自分の隣をぱすぱすと叩き。
昌行はそれに従わずに、快彦の勉強机の椅子を引き出して座った。
相変わらずだなぁと快彦は足をぱたぱたと揺らしながらその様子を見ていた。
「お前、この先どうするつもりなんだ」
話を切り出したのは昌行だった。
「この先って?」
「高校卒業した後のことだよ」
「あー、それ。そういや昌行くんとちゃんと話したことなかったねぇ」
のほほん、と笑う快彦に、昌行は少なからず苛立った。
俺は一応親も同然なんだから、という気持ちと。
昌行くんと、ってことは博とはもう話してるんじゃないだろうかという、嫉妬からである。
快彦は膝に手を置き、昌行と向かい合う。
珍しく、真面目な顔をして。
「俺さ、家、出ようと思ってる」
と、一言、そう言った。
驚いたのは昌行だった。
この家の中で一番家族が大好きな快彦のことだ。
ウチを拠点にして音楽を続けるのだろうと、そう思っていた。
しかし。
彼は家を出る決意を固めていたのだ。
「・・・誰かにそれ、言ったのか」
「誰にも。ってか昌行くんにしか言わないつもりでいた」
きっとバレちゃうと思うけど、と快彦は苦笑いした。
「・・・家、出なきゃダメなのか」
口に出してハッとする。
自分でも気づかなかったこと。
快彦に家にいて欲しいと、どこかで思っていたという事実。
それに気づいた瞬間、昌行は顔を赤く染めた。
見ていた快彦は、嬉しそうに顔を歪める。
「俺、この家も家族もみんな好きだよ」
でも、と快彦は続けた。
「きっと、このままここにいたらミュージシャンになる夢を忘れちゃう気がするんだ」
ゆったり自分の好きな曲を弾いて。
家族に聞いてもらって、一緒に歌って。
その状態に満足しちゃって自分を甘やかしてしまいそうだ、と。
「・・・住む場所は?」
「しばらく友達と割り勘で住むつもりだよ」
「金の当てはあるのか?」
「まぁ、働くところなんてたくさんあるから」
心配しないで、と快彦は昌行ににかっと笑いかけた。
それを心配そうな表情で見返す。
昌行にとって快彦は、未だ小さい頃のままで。
心配してもしきれないほどに大切な弟だったから。
そんな兄の心のうちを理解しているからこそ、快彦は嬉しくて仕方ないのだ、その気持ちが。
「・・・あのさ」
「うん?」
「・・・・や、なんでもねぇや」
何かを言おうとして、口篭る快彦。
昌行は彼が何を言おうとしたのか、すぐにわかった。
「やるだけやってこいよ」
「うん」
「簡単に投げ出すんじゃねぇぞ」
「わかってる」
「・・・それと」
「?」
「・・・辛くなったら戻って来い。博も剛も健も准一も・・・俺もここにいるから」
お前の居場所はずっとここにあるんだから。
昌行はそれだけを口にして、がたっと椅子から立ち上がった。
快彦の顔は見れなかった。
見ると多分、泣いてしまいそうだったから。
「・・・まぁくん」
「ぁんだよ」
昔の呼び名で呼ばれて、少しむず痒く感じながらも返事をする。
「あんがとね、いっつもいっつも心配してくれて」
「ばぁーか。・・・お前がいなくなったらちったぁ楽になるよ俺も」
さっきの言葉とは真逆の返答に。
快彦は少しだけ目を見開いた後、ふわっと笑った。
「うん。俺もやっと兄孝行出来る気分」
「兄孝行、か」
快彦が言った言葉を。
昌行は本当に大事そうに、噛み締めるように繰り返した。
後日。
快彦は誰にも言わずに、黙って家を出た。
しかし。
何故か家族が気づく間もなく、家に戻ってきた。
その間、1日。
なので昌行以外の家族は快彦が家を出たことを知らないままだった。
「お前、なんで戻ってきたんだよ?!」
こっそりと怒り口調で耳打ちした昌行に。
快彦はいつも通りの笑顔で返事をした。
「俺、やっぱこの家がいい」
ここにいないと落ち着かねぇ、と笑う。
「あのなぁ・・・」
「よっちゃん、ホームシックになったんでしょ」
文句を言おうとした昌行の言葉に被さって、博がからかうような声を上げる。
それに快彦は目を丸くした。
「な、なんで博くんが知ってんだよぉ!」
昌行くん!とキツイ目線を送っても、彼は他の誰にもまだ話してなかったので首を横に振る。
「二人で話してた時に丁度トイレに起きたんだよ」
「立ち聞きかよ、趣味悪ぃな」
「聞こえたの。よっちゃん馬鹿みたいに声でかいし」
「ば、馬鹿って・・・」
「あ・と。目腫れてるんだもん。わかりやすいことこの上ないね」
快彦の目元を指でなぞり、にぃっと博は笑い。
それを見て、快彦はまいった、という風な表情で頭を掻いた。
「・・・博くんには敵わねぇや」
「敵うと思ってたの?」
「・・・思ってません」
「だったら、今度から俺も混ぜて話すこと!」
「はぁーーーい」
「よし。・・・昌兄は?」
「お、俺もかよ?!」
矛先が快彦から自分に変わったことに慌てる昌行に。
博は冷たい視線で彼を一瞥した。
「元はと言えば昌兄が抜け駆けしてよっちゃんに話しに行くからいけないんだからね」
「・・・・ごめんなさい」
弁解の余地も見えない理由に、昌行は素直に謝った。
「ってかさ。何かあったら家族皆にきちんと話そうよ。寂しいじゃん」
「・・・そうだね」
「もし剛が恋人作ったとした時に内緒にされたら嫌でしょ?」
「ええっ?!剛ちゃん恋人いんの?!!俺を差し置いてどうしてそんなことしてんのあの子は?!!」
「おい、博!それは俺も初耳だぞ?!」
「だーかーらー!もしっつってんだろちゃんと話聞け!」
「「ご、ごめんなさい・・・」」
笑顔で一括され、二人は声を揃えて博に謝罪した。
「とにかく!次からはちゃんと家族に話してよね、よっちゃん」
「うん。そうする」
頷いて笑う快彦を見て、博も安心したように微笑む。
博くんも心配してくれてたんだな、と快彦は嬉しそうに顔を緩めた。
「よしくーん!どこいっとったんー?」
ぱたぱたと家の中から准一が駆け寄ってきて。
快彦は彼を抱き上げてぐるぐると回した。
「准ちゃん!ただいまー!」
「おかえりー!」
「よっちゃんちょっと旅に出てたんだけど、寂しくなって帰って来ちゃった!」
「ふーん。あ、あのなぁーじゅん、よしくんのかおかいたん!」
「マジで?よっちゃん嬉しいv見せて見せてー!」
「にてるで!ひがしせんせいもめっちゃわろてくれたんよ!」
「へぇー・・・あの人が本気で笑ったってことは相当なもんだよねー・・・」
慌ただしく部屋に直行する快彦に、上の二人は顔を見合わせて笑う。
「よっちゃんが兄離れるのはまだまだ先だね」
「・・・そーだな」
「昌兄にとってはそれが嬉しかったりして」
からかうような博の言葉に。
昌行は弟の背中を目で追いながら、微笑んで。
「・・・そうかもな」
と呟くように言った。
>最後の最後までトニでずっぱり話ですみません。でも楽しかったですv
2006.9.10