13:おかえり
アンタはいつも俺に「おかえり」を言うのを忘れない。
俺はどこかホッとして「ただいま」を言う。
それは、誰かがいるのを実感出来る大切な大切な言葉だから。
A.M.1:00。
快彦はひょこっとドアの隙間から顔を覗かせる。
真っ暗な玄関。
しん、と静まり返った廊下。
もう寝ちゃったよな、と一人心で呟く。
きゅんと胸が軋んだ音がした。
坂本家の門限は6時。
しかし、一人だけ年が離れている快彦のために、玄関はいつも開いている。
今日は友達との付き合いで遅くなってしまったのだ。
未成年にも関わらず酒をしこたま胃に流しいれて。
だからみんなが眠っている方が快彦にとっては有り難かった。
特に昌行が眠っていることを彼は祈っていた。
確実に怒られるのが分かっていたからだ。
かつんと鍵をかけ。
暗い廊下を音を立てないように歩いていく。
途中、ぐうとお腹が鳴った。
――――――腹、減ったな。
ふらふらと足はキッチンに向き。
視線が冷蔵庫を捕らえた時。
ふと。
人の気配を感じて快彦は振り返った。
「あ」
思わず漏れてしまった声に、慌てて口元を両手で塞ぐ。
ラップのかかった皿と一緒に、昌行がテーブルに突っ伏すようにして眠っていたからだ。
ここで寝てたら風邪引くじゃん。
そう思って、快彦は昌行の肩に手を置き、緩く揺さぶった。
「昌行くん」
「・・・・・・」
「昌行くんってば」
「・・・・・・」
眉を顰めるが、起きる気配がまるでない。
快彦は少し考えて、にんまりと悪戯っ子のように笑った。
テーブルに同じようにして突っ伏し、顔を昌行の近くにくっつけて。
「起きてよーまぁくん☆」
「・・・っんぁ、ビックリした」
ぱちり、と昌行の瞳が開いて、寝ぼけ眼が快彦を映す。
「ここで寝てると風邪引くよー?」
「誰のせいだ、誰のっ」
「俺?」
「そうだよ。こんなに遅くに帰ってきやがって」
心配させんな、と小さく呟いたのを聞いて、快彦はふわっと微笑む。
「大丈夫だよ。俺、もう」
はたから聞けば意味のわからない言葉。
しかし、昌行はハッとした表情になって快彦を見た。
「・・・・快彦」
「昔はダメだったけどさ、今はもう平気」
一人でも平気。
誰も待ってなくても、怖くなったりしない。
・・・・少し寂しくはなるけれど。
「・・・・・・ばぁか」
「ぅえ?」
「んな心配はしてねぇよ。・・・ただ、俺が待っていたかっただけだ」
だから気にすんな、と。
昌行は言いながら立ち上がった。
「・・・昌行くん」
何かを言おうとした快彦の頭を昌行が撫でる。
ちょっとだけ乱暴に。
快彦は言葉をなくして、されるがままになっていた。
「腹、減ってんだろ。これ夕飯の残りだから食っていいぞ」
指差したのはさっき目に入ったラップのかかった皿。
中身は快彦の大好きなナポリタン。
きっと、夕飯の残りなんかじゃなくて俺のために作ってくれたんだろうな、と快彦は思った。
昌行くんはそういう人だから。
「・・・あり、がと」
お礼の言葉に、昌行は満足さと照れを混ぜたような顔で微笑んだ。
とすん、とイスに座った快彦に。
「あ、快彦」
と、昌行が声をかけた。
「なぁに?」
口にいっぱいナポリタンを頬張って昌行を見る。
「・・・・・おかえり」
自然に零れた言葉。
「ただいま」
快彦は昔と変わらない笑顔でそれに答えた。
>長男は三男に甘過ぎるくらい甘いです(笑)
2006.8.17