・・・喧嘩することは仲のいい証拠だとしてもね。
こんな状況に持ち込むこと、ないでしょ。
喧嘩もいいけど、ほどほどに。
公園の演奏に一区切りついて。
夕ご飯に間に合うように俺は帰宅した。
でも、ただいまって言ったのに誰の返事もなくて。
聞こえなかったのかと思ってもう一度、大きく息を吸って声を出そうとしたら。
「よしくーん」
ぱたぱたと涙目の准一が俺のところに走ってやってきたから、ビビった。
「どうしたー?」
しゃがみこんで尋ねるも、しゃくりあげるだけで何も言わない。
そんで。
その後ろから今にも泣きそうになってる健と。
口を尖らせて眉間に皺を寄せている剛が来たのにも、ビビって。
3人を抱き寄せてどうしたの、って聞く前に雰囲気でわかってしまった。
だって、家中の空気がどんよりと濁ってたから。
原因は一つしかない。
「・・・ウチのおとーさんとおかーさん、まぁたやっちゃってんのねー」
正確にはお兄ちゃんたち、なんだけど。
もはやあの二人の夫婦っぷりには俺も舌を巻くほどだから、こう呼ぶことにしてる。
・・・・ある意味尊敬の念をたーーーーーーーっぷり込めて。
「よしくん、ひっくんがっひっくんがぁ・・」
「誰も近づかせないって感じでさ、二人とも口聞かないままずーっと。な、剛」
「・・・・・おー」
下の三人の言葉に全部耳を傾ける。
准一はボロボロ泣きながら俺にしがみつき。
健は一生懸命状況説明をしてくれた。
剛は口数少なくぶっきらぼうだけど、きっとこの中で一番しょんぼりしてる。
ああ、もう。
あの二人は知らないんだろうか。
自分の弟たちがこんなに悲しそうにしてることを。
・・・知ってたら絶対喧嘩なんてしない、か。
俺は准一の頭をぽんぽん、と叩き。
よっこいしょっとしゃがんでいた身体を立たせた。
ぱしぱし、と膝を払って、下を向いてにぃっと笑ってみせる。
「ちょっと待ってろ。すぐ元通りにするからな」
期待のこもった6つの眼差しをひしひしと受けて。
俺は居間に足を進めた。
ドアを開けると、椅子に座って雑誌を読んでる博くんがいて。
とりあえず、ただいま、と声をかける。
「・・・あ、よっちゃん」
「なにー?今気づいたって顔してるけど、俺、かなり前からただいまって言ってんのよー?」
「・・・そっか。気づかなかった」
はぁ、と気の抜けたため息。
やっと呼吸らしい呼吸したって感じ?
確かにこの部屋、息詰まりそうな雰囲気だし。
博くんから言い出すのを待ってもよかったんだけど。
今回は俺は自分から切り出すことにした。
「ねぇ、どうしたの?」
「何が?」
「昌行くんと喧嘩したんでしょ?」
言うと、博くんは目を丸くして俺を見た。
「なんでわかるの?」
「こういう雰囲気出してる時は喧嘩してるんだって相場が決まってんの」
「・・・・・・・そう」
よっちゃんには敵わないね、って。
博くんは力なく笑った。
何かあんまり怒ってるみたいに見えない。
普段ならにこにこして昌行くんへの文句ぶつけてくるのに。
「事情、聞かせてくれる?」
覗き込んで首を傾げると、うん、と頷いてくれた。
『最近、店の方調子よくなってきたね』
『そうだな』
『そろそろアルバイトを雇わないと大変になってきてるんじゃない?』
『うーん・・・でもお金がなぁ・・・』
『お金って?』
『・・・いや、なんでもねぇ』
『なんでもないって・・・もしかしてアルバイト雇えないくらいお金足りないの?』
『・・・お前は何も気にしなくていいよ』
『ちょっ・・・いいわけないじゃん!』
『・・・心配かけたくねぇんだよ。金のことに対しては、特に。俺がなんとかするから、お前は何も心配すんな、博』
『・・・・・・どうして』
『何だよ』
『・・・・・・・っどうして昌兄はそうやっていっつも自分ひとりで抱え込むんだよ!』
『・・・・・・博』
『俺だって・・・俺だって家のために何かしたいんだよ!なのに、昌兄が抱え込むから、何したらいいかわかんなくなるんじゃない!!』
『・・・・・・』
『馬鹿!鈍感!!昌兄の分からず屋!!!もう知らないっ!!!!』
「・・・悪いこと、言っちゃったと思ってる。でも、一人で抱え込まないで欲しくて、俺・・・」
淀むことなく事情を話し切った博くんは、辛そうな顔をしていて。
俺の胸もぎゅっと掴まれたみたいに軋んだ。
いつも隣にいて、何か力になれればいいんだって。
笑いながら話してくれてた博くんが。
昌行くんの言葉にショックを受けてキレちゃうのも、仕方ないと思う。
っていうか。
今回の喧嘩の元凶は昌行くんのあの性格だったのか。
どうしようもねぇなー。
「・・・博くん」
「なに?」
叱られた子どもみたいな目を向ける博くんを、俺はぎゅうっと抱きしめた。
「ごめんね」
「・・・何でよっちゃんが謝るの」
「博くんずーっと笑ってるから俺、甘えてた。今回のことは家族全体の問題でしょ?」
「・・・・・うん」
いつもしてくれるように頭を撫でると、博くんは素直に頷いた。
ああ、こんな気持ちなんだ。
博くんが俺を慰める時とか、落ち着けようとする時とか。
全然考えたこともなかった。
これは博くんの役目なんだって、知らず知らずのうちに押し付けてたのかもしれない。
そんなことないのに。
博くんだって抱きしめて欲しかったり、寄りかかったりしたいはずなのに。
ずっと、昌行くんの隣で支えようと頑張り続けてたんだ。
誰にも甘えず、頼ることもしないで。
言わないからわかんなかった。
いや。
・・・・・きっと、言えなかったのかもしれない。
「言ってよ。俺も剛も健も准も家族なんだからさ」
「・・・・・ごめん」
「俺たちってそんなに頼りない?」
聞いたらゆったりと首を横に振って、ぎゅうっと抱き返される。
「・・・俺も昌兄も同じだったんだね」
「そうだよぉ。二人で抱えるより六人で抱えた方が軽くなるでしょー?」
確かに二人に比べたら俺たちは頼りないだろうけど。
それでも何とかしようって気持ちはみんな一緒だから。
6人揃って暮らせることが、兄弟全員の望みなんだから。
「今ならネコの手借りなくても俺たちの手が空いてるよ、博くん」
「・・・うん」
俺は言いながら涙声の博くん越しに。
ドアの隙間から見ている兄弟を見つけて、笑いかける。
3人はどたどたと慌ただしく駆けてきて、博くんにまとわりついた。
「そうだよ、俺、学校から帰ってきたら手伝いするよ??」
「・・・俺も、手伝う!」
「じゅんもじゅんもー!!!」
ほら、こんなに余ってるんだから、使わない手はないでしょ?
「ありがと、健、剛、准」
にっこり笑って3人の頭を撫でた博くんは、もう元通り。
やっと笑った、って健がホッとしたように言って。
ごめんねって博くんの眉が困ったみたいに下がっていた。
さて。
俺はもう一人をどうにかしないと。
どうしようもない、坂本家のおとーさんとやらをね。
キッチンに足を運ぶと。
電気をつけないままで、椅子に腰掛けて一服している昌行くんを見つけた。
背中が丸くなってて、いじけた子どもみたい。
煙草の煙が、天井に向かって綺麗に伸びている。
「昌行くん」
声をかけるとビクッと反応した。
目が俺を捕らえて、目尻が少し下がる。
でもどこか疲れたような、悲しいような瞳で。
博くんを見た時みたいに胸がぎゅっと痛んだ。
喧嘩は、した方も見てる方も、どっちもつらいや。
「・・・お帰り、快彦」
「ただいま」
挨拶を済ませると。
昌行くんが顔を俯けて目を伏せた。
「あのさ、今ちょっと・・・一人になりてぇんだ」
「知ってる」
「・・・知ってんなら・・・」
「知ってるから来たよ。そんでついでに思いっきり一発殴らせて昌行くん」
「は・・・?」
ボケた顔して、俺を見上げる昌行くんの頬に。
俺は渾身の力を込めて拳を繰り出した。
煙草を持ったままで、昌行くんは吹っ飛んだ。
俺の力も捨てたもんじゃないな。
っていうか、昌行くんが細いから当たり前なのか。
がっしゃーん、と調理器具が音を立てて落ちたけど、気にしない。
すたすたと昌行くんの傍に近づくと、キッと鋭く睨まれた。
「・・・っなにすんだ快彦・・・!」
「ほんっっっっっとに一人で抱えすぎ!!俺が来たら愚痴くらい言うかと思ったけど、一人になりてぇだと?!ふっざけんなよ!!」
「・・・・・・」
こりゃ博くんも怒るわ。
しっかりしてくれよおとーさんよー。
「こっち来て」
「は?」
「いいから!居間に来て!!っていうか行く気なくても連れてく!!!」
「お、おいっ」
俺は昌行くんの襟首を掴んでずるずる引きずる形で居間に彼を運んだ。
じたばたしても絶対離さない。
離すもんか。
ここで逃がしたらまた抱え込むの、知ってるから。
博くんたちがいるところまで来て。
昌行くんを床に強制的に正座させた。
「これから俺たちから重大発表があるから」
そう言って、俺は剛の横に並んで立った。
きょとんとした表情で俺の行動を見る昌行くん。
「俺、坂本快彦は明日から『Belive』でアルバイトします!」
言い放った俺を昌行くんは呆然として見つめてきた。
背中から博くんの同じような視線も感じるけど、これは俺が決めたこと。
「俺も、学校から帰ってきたら手伝いに行くよ!」
「・・・俺もそうするつもり」
「じゅんねー、じゅんもてーぶるふいたりするー!!」
俺に続いて下の三人もそれぞれに手を上げて決めたことを言い出した。
それを見て、昌行くんは困ったように眉を顰めて見せるだけで。
あーもう。
ほんっとに意地っ張りなんだから。
イライラしてた俺の気持ちを代弁するかのように。
「昌兄、承諾以外に選ぶ権利ないからね。俺たちが自分で決めたことなんだから、文句言わせないよ」
そう、博くんが言って。
兄弟揃ってじぃっと昌行くんを見つめる。
「・・・馬鹿やろぉ・・・お前ら・・・」
震える声。
正座した膝の上で拳を作り、ぎゅうっと握り締めている。
心配かけたくないって気持ちはわかるけど。
皆で一緒にやれば誰も心配すること、ないんだよね実は。
昌行くんの涙で震えた声に兄弟がしんみりする。
「泣く前にいいって言ってよーそうしないと俺たち動けないからさ」
こういう空気苦手だから、わざと明るく言ってみせた。
「まーくん、ないちゃいややぁ」
准一がとたとたと昌行くんに駆け寄って、ぎゅうっと抱きつく。
それを受け止めて、泣きそうな顔をしながら、おぅ、と小さく呟いた。
「・・・悪い、博」
「もう一人で悩んだりしないって約束してくれるなら、許す」
憮然とした表情で言う博くんに、昌行くんが頷いてみせると。
博くんの顔に安堵の笑みが浮かぶ。
昌行くんの視線が今度は俺たちに向けられる。
「・・・すまん、お前ら」
「いいのいいの!今まで頼ってきた分恩返ししないと。ね?剛ちゃん健ちゃん!」
「「うんっ!」」
双子は同じタイミングで深く首を縦に振って、笑った。
ホントにいい子。
・・・出来ることならこの素直さを俺にも向けて欲しいんだけどー・・・・無理か。
「じゅんはー?じゅんはー??」
「准ちゃんも!」
昌行くんから離れて俺を見上げる准一にもそう言ってやると。
ぱぁっと顔中に笑みを浮かべて俺の足にしがみついてきた。
「ねー、そういやご飯は?俺ハラペコなんだけど」
公園でいいだけ歌ったからもうぺっこぺこ。
背中とおなかがくっつくぜって感じ。
ホッとしたからっていうのもあると思うけどね。
「・・・・・・・あ、忘れてた」
言われて初めて気づいた、という風に昌行くんが言った。
「だろうと思ったよ。んじゃ、今日はよっちゃん特製ナポリタンでも作りましょっか☆」
「快兄、料理できんのー?」
「バカヤロウ。ナポリタンは俺の大の得意料理なんだよ!」
昔、昌行くんを真似して作って。
二人をビックリさせて嬉しかった記憶がある。
それから、二人が疲れてる時とかにちょくちょく作るようになったから。
ナポリタンだけは手際よく出来る自信があるんだ。
「ケチャップ多くてびっちょびちょだけどねー」
「お前、ケチャップ無駄遣いすんなよっ」
「・・・あんたら、今度は俺に喧嘩売ってんのー?」
売るなら買うぜ、とファイティングポーズを取ってみれば。
「よしくん、いややー」
足にしがみついてた准一が悲しそうな声を上げたから、止める。
「ごめんごめん。冗談だよ准ちゃん」
「ほんま?ほんまにもうけんかしたりしないん?」
「しません!だから、そんな顔しないで?」
「・・・・ぉん!」
みんなが笑ってるのが一番すきだ。
一時間後、俺の作ったナポリタンを全員で一緒に食べながらふと思った。
さっきの喧嘩が嘘みたいに談笑してる上二人。
剛と健はそれを見てにっこにこしてて。
准は顔中ケチャップだらけにしながらもぐもぐしてる。
こういうのが幸せって言うんだろうな。
博くんから手厳しい批評を頂いて、ちょっぴりへこんだけど。
准ちゃんだけは美味しいって言ってくれたから、帳消し。
やっぱ家族全員が笑ってないとね。
喧嘩もいいけど、ほどほどに。
これが今日の教訓。
END
2006.11.25