学校帰り。
遊びに行こうぜ、と言い合う剛と健の声に、准一はピクリと反応した。
読んでいた本を下に置き、てこてこと二人に近づく。
「どこいくん?」
「これから自転車で公園にサッカーしに行くんだ」
「じゅんもいきたい!」
准一がそう言うと、二人は困ったように目配せをした。
じぃっと見つめてくる真ん丸の目に、そっと苦笑いを向けて。
「准は危ないからダメだよ」
と、健が諭す。
いつもならば、そこでしょんぼりと引き下がる准一だったのだが。
何故か、今日は。
「いやや!じゅんも、ごうくんとけんくんといっしょがいいー!」
そう言うなりバタバタと地団駄を踏み始めたのだ。
これには剛も健もビックリする。
聞き分けのいい弟がこんな反応をするなんて、と。
まるで快彦そっくりのそれに、二人はため息をついた。
「帰ってきたら遊んであげるから。ね?」
「いーやーやー!いまっ、いまあそぶんやー!」
「聞き分けねぇぞ、准。危ないからダメだっつってんだろ」
剛にそう言われても、准一は不満そうにうーっと唸る。
困った二人は揃って首を捻り、同時にいいことを思いついたとばかりに顔を見合わせた。
そして。
「あ!あれ何だー?!」
「え?なに?どれ?」
思い切り叫んで指差した方向に准一が気を取られている間に、二人は玄関に向かってダッシュをかける。
騙されたと准一が気付いた時には、既に玄関から出て行く最中だった。
大慌てで准一は玄関に足を進める。
二人は自転車を出し、それぞれ跨ってぐいっとペダルを漕いだ。
准一も遅れて自転車を出すも、補助輪の取れた二人には到底追いつかない。
「ごうくんっ、けんくーん!まってやぁー」
泣きべそを掻きながらペダルを漕ぐも、兄たちはあっという間に小さくなり。
補助輪つき自転車の准一は取り残されてしまった。
それでも諦められなくて、准一はぐいぐいとペダルを漕いでいく。
まだ小さいから一人で出かけちゃ駄目なのだと昌行にしつこく言われていたのだが。
自転車に乗ってみれば、世界が広がる。
周りの景色が段々と見たことの無いものに変わるのが嬉しくて。
いつしか准一は二人を追うことも忘れ、夢中になって漕げる限りペダルを踏んでいた。
が。
「ここ、どこや・・・?」
家から大分離れてしまったところで、准一はそう呟いた。
見たことの無い風景。
めちゃくちゃに進んできたから、帰り道も分からなくなっている。
さっきまであった楽しさが徐々に不安に変わっていく。
ぐずぐずと再び半べそを掻きながらペダルを踏んでいると、どこからともなくチャイムが聞こえてきた。
暫くして、わらわらと黒い服を着た人たちが建物の中から出てくる。
どこかで見たことのあるようなそれに、准一が首を傾げていた時。
「あれ・・・准ちゃん?!」
准一の背中の方から声がして。
振り向けばそこには、快彦が立っていた。
ビックリしたような嬉しいような表情で近づき、ひょい、と准一を持ち上げて抱きしめる。
「どしたの、こんなところまで。迎えに来てくれたの?」
「ちゃうねん・・・あのな、ごうくんとけんくん、おっかけてたらここまできてもうた」
「じゃあ、二人は?」
「・・・じゅんおいてかれた・・・」
しょんぼりとそう言い、准一は快彦にぎゅうっと抱きつく。
そしてじわじわとこみ上げる涙に、耐え切れなくなって泣き出してしまった。
それを見た快彦はああ、と合点のいった表情になり、ふわっと笑う。
笑いながら、准一の背中をぽんぽんと優しく叩いた。
「そっかぁ。それでこんなところまで来ちゃったんだ」
「ふえぇ・・・っ」
「迷子になっちゃってビックリしたでしょ?もう、大丈夫だからね」
言って、快彦はその小さな身体を宥めるようにして抱きしめた。
帰り道。
准一は機嫌よくペダルを漕いでいた。
ハンドルには買い物袋がぶら下がっている。
中身は准一の大好きなプリン。
迎えに来てくれたご褒美ね、と快彦がコンビニで買って来たものだ。
それをぶら下げ、ニコニコしながらペダルを踏む。
その少し後ろを快彦が少し早足で着いていく。
「待ってよー准ちゃんっ」
「いややーじゅんのほうがはやいもんねー」
「あんまり漕ぐと疲れちゃうよ?」
「へーきやもんっ」
快彦との距離を少しでも取ろうと准一はどんどんと加速する。
最初はそれを楽しそうに見ていた快彦だったが、段々と増すスピードに不安が過ぎった。
そろそろ大きい道路に差し掛かる。
車通りの多い道は准一はもちろん、剛や健にとっても危ないものだ。
幼稚園できちんと習ってるだろうけど、一応。
そう思い、快彦はダッシュをかけて准一と並び、自転車を押さえた。
「准ちゃんストーップ」
「いややー」
「ダメー。こっからはよっちゃんと歩いて行こう」
「なんで?なんでこれだめなん?」
「もうすぐたくさん車が通るところに行くから。ほら、幼稚園に行く時に通ってるでしょ?」
危ないからきちんと押しボタンのある横断歩道を渡るんだよ、と。
いつも三人に向けて口を酸っぱくして言っていたことをもう一度、准一に言う。
准一は不満そうにしながらも、快彦の言うとおりに自転車から降りた。
自転車は快彦が手で押していく。
とたとたと一緒に歩いていた准一だったが、少し歩いたところでピタリと止まってしまった。
それに素早く気付いた快彦は一旦彼の元に戻り、しゃがみ込む。
「どした?疲れたか?」
「おん・・・」
「そりゃそうだよな。こんなに漕いだの初めてだろ?」
「おん・・・よしくん、おんぶー」
当たり前なのだが真ん丸の瞳に上目遣いで強請られて、断れる快彦では無く。
いいよーvと喜んで准一の前に背中を差し出した。
ひょい、とそこに乗ると、快彦が立ち上がり、歩き出す。
背中の上で揺られながら准一はウトウトとし始めた。
歩いて起こる小さな上下の振動が心地よくて、快彦の背中が温かくて。
眠る条件は揃いに揃っているのだから、仕方ない。
くーくーと寝息を立てて眠ってしまった准一に気付き、快彦は穏やかに笑みを浮かべた。
「准ちゃんは俺と同じだねぇ」
お兄ちゃん追っかけて迷子になって。
キャパ超えてペダル漕いで、お兄ちゃんの背中で寝てしまう。
快彦にも似たような経験がいくつか思い当たるのだ。
しかも自分は一人になるのが嫌だったからこんなことはしょっちゅうで、上の二人は相当苦労しただろう。
探しに来てくれた昌行くんの怒った顔。
博くんは泣きそうになりながらぎゅーっと自分のことを抱きしめてくれた。
昌行くんだって、怒った後自分を背負ってくれたし。
今の自分の心境がきっと、その当時の二人の心の中なんだろう。
そう思うと、快彦はほんのりと嬉しくなった。
「「准っ!」」
家まであと少しのところで、聞き覚えのある声が准一の名前を呼ぶ。
置いていったのに心配になって、戻ってきたんだろう。
二人の姿があの時の昌行と博に重なった。
兄弟はいつになっても変わらず、家族を好きでいてくれてる。
心配したり、一緒に居てくれたりすることが、とっても嬉しいから。
准ちゃんが起きたら二人のことを話してあげよう。
迎えに来てくれたんだと知ったら、絶対喜ぶだろう。
それにしてもあいつら本当にいい子達だなーと快彦は頬を緩め、向かってくる二つの影に向かって大きく手を振ってみせた。
END
自分の体験談より(笑)
ぽんたったとの会話でこんなSSが出来ました。
補助輪つきの准ちゃんと、まってやーを書きたかっただけだという(笑)
2007.11.9