例えば。
笑顔の裏に隠された涙があるって。
どんなに苦しいんだろうって、思うんだ。
笑顔の裏側。
俺が10歳、博が9歳になった年に彼は突然家にやってきた。
父さんに手を引かれ、落ち着きなく周りをキョロキョロを見渡して。
標準より細い瞳はニコニコと笑っているためより細い。
今日からウチの家族になるよしひこくんよ、と母さんは言った。
快彦はよろしく!と元気よく声を張り上げ、俺たちに笑いかけてきた。
俺たちは小さかったけど、それよりも快彦の方が小さくて(聞いたら5歳!と答えた)。
お兄ちゃんになりたいと言っていた博は、誰よりも快彦が家族になることを喜んだ。
快彦が別の部屋で寝ている時、俺と博は父さんと母さんから彼の話をされた。
父さんの弟である彼の両親は殺人犯に殺されたらしい。
快彦は友達の家に遊びに行っていて無事だった。
他に身寄りのない快彦を必然的にウチに引き取ったのだと父さんは言った。
お葬式では笑いもしないし口もきかなかったって言うけど、さっきの様子を見るとそんなことは全然感じなかった。
だって、笑ってたんだ。
本当に普通に。
どうして泣かないんだろうって、不思議なくらいに。
「ひっくん!あそぼー!」
ニコニコしながら快彦が博の服を引っ張っておねだりする。
博は仕方ないなぁよっちゃんは、と笑って、学校の宿題ノートをパタンと閉じた。
「おい、また夜遅くなるぞ」
「大丈夫。また昌兄に教えてもらうから」
お前の尻拭いは結局俺なのかよ、と言いかけて止めた。
笑顔だった快彦が不安そうに俺と博を見つめていたから。
俺は勉強をしながら二人を観察することにして、鉛筆をクルリと回す。
「何して遊ぼっか?」
「んーとんーと…ひっくんといっしょがいい!」
言って快彦はぎゅうっと博に抱きついた。
「よっちゃんは甘えんぼだね」
「えへへ」
わしゃわしゃと博に頭を撫でられ、思いきり破顔する快彦。
すると、急に博から離れて俺のところにやってきた。
「まぁくん!」
「どうした、快。博と遊ぶんじゃなかったのか?」
尋ねるとぷるぷると首を横に振る。
「まぁくんも、あそぼ!」
一緒がいい、と快彦は俺の腕を取り笑った。
「わかったわかった。遊ぶよ」
「わーい!まぁくんもいっしょっ」
何につけても快彦は一緒がいいと言った。
博と俺がバラバラに帰ってくると人一倍心配するし、友達のところに遊びに行こうとするとついていく、とダダをこねた。
その度俺も博も折れて快彦を友達のところに連れていく。
明るくて可愛い快彦は友達にもすぐに受け入れられ、よっちゃんよっちゃんと呼ばれて笑う。
でも一緒に野球やサッカーをするというワガママは一言も言わなかった。
普通は兄貴と一緒のことがしたいとかそういうんじゃないのかな、と思ったけど、快彦に怪我でもされちゃ困るからまぁいいや、と一人で納得した。
笑いながら寂しい、と。
小さな体で訴えている快彦に気付いたのは、それから一週間後だった。
その日は学校の遠足で、4年生の俺と3年生の博は一緒に出かける日だった。
いつも通り快彦は一緒に行きたいとダダをこねたが、こればかりはどうしようもなく。
「よっちゃんはお留守番しなきゃダメだよ」
と、博に諭され、快彦はしょぼんとうなだれた。
そんなとこですら可愛いとか思っちゃう辺り、自分は快彦に甘いんだと思う。
うなだれた快彦の頭をわしわしと撫でると、何か呟いた気がして。
「どうした?」
しゃがんで快彦の顔を覗きこむと。
「・・・ぜったいかえってくる・・・?」
普段と全然違う、弱々しい声。
ただついて行けないのが寂しいだけじゃないような、声にドキッとした。
「何言ってんだ。近くの公園に遠足しに行くだけなんだから、すぐ帰ってくるに決まってんだろ?」
優しく快彦の頭を撫でながら安心させようと明るく言ってみたけど。
「・・・たら・・・になっちゃう・・・」
次に快彦が出した声は涙で震えていてハッキリ聞こえなかった。
聞き返す前にバスが家の前に着いてしまい、俺は快彦の言葉を理解しないまま家を出た。
バスの中で思ったのはただひとつだけ。
何で、泣いたんだろう。
家に帰ると、母さんが真っ青な顔をして俺たちを迎えた。
俺と博は顔を見合わせて首を傾げる。
でもその理由を聞いて俺たちも顔面蒼白になる。
――――――快彦がいなくなった。
快彦が昼寝をしてる間に母さんは買い物に出かけて。
帰ってきた時にはもういなかったらしい。
警察に届けは出したらしいけど、まだ何も連絡はない。
俺は家を出る前の快彦を思い出した。
寂しい。
一人にしないで。
行かないで。
快彦は今まで一言もそんなワガママを言わなかった。
いつも笑って。
ただ一緒にいたいと、それだけで。
でも、その一緒にいたいという願いさえもダメだと言ってしまったら。
あいつは。
俺は走って家を出た。
後ろから母さんと博が何か叫んだけど、構わなかった。
俺が行かなかったら誰が行くんだよ。
朝、快彦は俺に本心を言おうとしたんだ。
だから。
俺が快彦を見付けて、何を言いたかったのかきちんと聞くことが必要なんだと。
確証もなくただ、そう思って走り続けた。
原っぱも友達の家も探したけど、快彦はいなかった。
たくさん走って疲れちゃったから、スピードを落とし立ち止まる。
キィ、と。
不意に耳に金属が擦れるような音がして俺はハッと目をやった。
下を向いてゆっくりとブランコをこいでいたのは紛れもなく快彦で。
俺はそっと近付いて隣のブランコに座ってみる。
快彦は人の気配を感じたのかちらり、と俺の方を見て、細い目を真ん丸に広げた。
「まぁくん!」
何で?と言いながらも嬉しそうな快彦に俺はため息をつく。
「何で?は俺の台詞だ。何で家でおとなしく留守番してなかったんだよお前は」
眉を顰めてそう言うと、怒られた時のようにしょぼんとしてしまう。
や、俺怒ってないし。
ちょっと言い方きつすぎた・・・・?
「快」
「・・・だれも、いなかったから」
「?」
ぎゅうっとブランコのチェーンを握り締め、快彦はぼそりとそう言った。
「まぁくんたちのバス、こっちにむかってはしってったのしってたから、いったらあえるとおもったんだぁ」
にへ、と笑ったその顔は普段と違って、何だか今にも泣きそうで。
俺は切なくなってブランコから飛び下り、快彦を持ち上げて抱き締めた。
「なんでそんなに寂しがるんだよ・・・」
すぐ帰ってくるって言ったのに。
「だって・・・かえってきたらみんないなくなってたんだもん・・・おとうさんもおかあさんも・・・ぼく・・・」
ぎゅっと俺にしがみついて途切れ途切れに一生懸命言葉をつむぐ。
快彦の言うお父さんとお母さんが俺の両親ではないことはすぐにわかった。
そして彼が異常に寂しがる理由もわかってしまった。
快彦がいない間にコイツの両親は亡くなった。
家に帰ってきた時にはもう、大切な大好きな人がみんないなくなっていた。
置いていかれたという酷い寂しさと。
その時の恐怖とかショックが快彦の中に消えない傷になって残っているのだと。
わかってしまったんだ。
その傷口を必死に塞ごうと笑っていたのか。
まだこんなに小さいのに。
誰にも心配をかけまいとして。
もう、誰にも置いていかれないように「いい子」でいようとして。
いつもいつも笑ってたのか。
「快」
「なぁに?」
「俺は、いなくならないからな」
ちょっと涙の混じった声になっていて、恥ずかしかったんだけど。
にっと笑って言うと、小さな瞳が俺を映す。
「ホント?」
「ああ。俺も、博もお前の傍にいるから」
「ひっくんもいなくならない?」
「ならないよ。ずっと快と一緒にいる」
だから、そんな顔するな。
今にも泣きそうな顔、するな。
「俺は快の笑ってる顔が一番好きだぞ」
頬を抓みながらそう言うと。
快彦は俺の顔を見て、にひっと笑った。
この屈託のない笑顔が好き。
できる事ならこの笑顔を、ずっとずっと失わないようにしてやりたい。
心の傷はすぐに癒えるものではないだろうけど。
心に出来た穴はすぐには塞がらないだろうけど。
その隙間をちょっとずつ埋めてやることが、俺が快彦にしてやれることなんだ。
「快、帰ろう」
言って、手を差し伸べると。
快彦は嬉しそうに、本当に嬉しそうに俺の手をぎゅっと握った。
・・・・・・・・・・その笑顔が、本当のものでありますように。
そう、願いを込め。
俺は快彦の小さな手をぎゅっと握り締めた。
END
トニの小さい頃のお話です。
三男の訪れはこんな感じで。
「会いたい気持ちは一緒」の話とちまちま重なっているところがありますので、
お暇があればその辺を照らし合わせて読んでみるのもよいかと。
まぁくん、子供時代なのに台詞がおっさん臭いのは見逃してください(笑)
冒頭部分の文章は私の大好きな人の歌詞から貰いました。
三男の過去にぴったりだなぁと思いつつ。
2006.7.25