会いたい気持ちはきっと一緒。
「おれ、おとうさんとおかあさんにあいたい」
ぽつり、と。
呟くような言い方で准一が言った。
夕焼けがやけに綺麗な幼稚園からの帰り道。
明日も晴れだなー、と一人浮かれていた快彦はぴたっと立ち止まり。
唐突に言われた言葉をきちんと理解すると、弟の目線に合わせるようにしゃがんで、尋ねた。
「どうしたの、准ちゃん」
そうやって言うの珍しいね、と准一の頭を撫でる。
今にも泣き出しそうな准一の表情に、少し動揺しながら。
おとうさんとおかあさんにあいたい。
その切実な、純な想いは届くはずもなかった。
准一の両親は彼が生まれてからすぐに交通事故で亡くなった。
それは家に帰る途中の出来事だった。
信号無視をしたトラックが運悪くスリップし、両親の乗っていた車に激突したのだ。
ぐしゃぐしゃになった車内で奇跡的にほぼ無傷で泣いていた赤ん坊。
それが、准一だった。
たった2週間。
それが、准一と両親の触れ合った時間だった。
「おれ、おとうさんもおかあさんも覚えてへん」
でも会いたい、と准一は言った。
その真剣な目に、快彦は困惑する。
「どうして?」
「だって、おれ、おかあさんのひとおとうさんのひ、なにもすることないねん」
ああそうか、と快彦は心の中で一人納得した。
父の日が近くなってきた今頃、幼稚園でも何かを作ってるのだろう。
おとうさんの似顔絵を書くとか、そういう催し事を。
「・・・・・そっか」
快彦は気の聞いた言葉も言えず、ただ頷くことしかできなかった。
両親のことを覚えていない。
その方がどんなに楽だろう、と快彦は思う。
一緒に作った思い出がない方が早く忘れられるのだから。
絵本を読んでもらったこと。
家族揃ってご飯を食べたこと。
ぎゅうっと抱きしめてもらったこと。
おかあさんの自転車の後ろに乗って幼稚園に通っていたこと。
初めてのお遊戯会に来てくれて、手を振ってもらったこと。
お風呂ではしゃいで怒られたこと。
好き嫌いしないで食べなきゃダメよ、といわれたこと。
快彦、と呼ぶ、優しい声。
あったかい思い出が多いほど、忘れようとしても思い出してしまうのだから。
彼の両親は、彼が5歳の時、連続殺人事件の犯人に殺された。
快彦は友達の家に遊びに行っていて。
帰って来た時、家の前にたくさんの人だかりが出来ていた。
近くにいた近所のおばさんにどうしたの?と首を傾げれば、ぎゅうっと抱きしめられる。
よかったよっちゃん無事だったのねよかった本当によかった、と。
たくさんたくさん、抱きしめられて。
どうしたんだろう、何があったんだろうと不安になる。
おかあさんは?おとうさんは?
そう聞いてみても何も答えてはくれなくて、居てもたってもいられなくなった。
彼女の抱擁から逃れ、快彦は家の中に走っていこうとしたが。
それは大人たちの手で遮られる。
なんとか先に進もうと暴れる快彦が彼らの手の間から見たのは。
血まみれになって倒れている両親の姿だった。
無差別殺人。
動機は「ただ人を殺したかったから」。
彼の勝手な欲求が、快彦の人生を大きく変えてしまった。
「よしくんは、あいたくないん?」
准一の言葉に快彦は我に返る。
不覚にも泣き出しそうな自分に気づき、慌てて笑顔を作って准一を見た。
両親を知らない弟と、両親を知っている自分。
境遇は全然違うけれど。
だけどきっと。
会いたい気持ちは、一緒なんだよな。
「俺も会いたくなる時、あるよ」
でも、と快彦は続けた。
「まぁくんとかひっくんとか剛とか健とか准とか・・・皆がいるから大丈夫」
にひ、と笑って見せると、准一はきょとんとして快彦を見た。
「准ちゃんは寂しいの?」
聞かれて、准一は首を横に振る。
「親がいたって寂しい人たちはいっぱいいるんだよ。その点、俺たちは恵まれてるんだなぁ、これが」
だって、心を許せる兄弟が傍にあんなにたくさんいるんだから。
「じゃあ、おれ、おとうさんのひ、なにすればいいん?」
「うーん、そうだなぁ」
准一の悩みを解決しようと、快彦は頭をフル回転させて考えた。
そして、いいことを思いついたのかにっこり笑う。
「准ちゃん。おとうさんの日はまぁくんの似顔絵を描けばいいんだよ」
「まぁくんの?」
「うん。まぁくんお父さんっぽいし。そんで、おかあさんの日はひっくんを描くんだ」
「ひっくん?」
「そう。そしたら、准ちゃんにもやること出来るでしょ?」
言うと、准一の顔がぷわっと笑顔になった。
「ほんとや!」
「な?」
「うん!!」
満面の笑みで返事をする准一が可愛くて。
快彦は准一を持ち上げると、自分の肩に彼を座らせた。
「准ちゃんは笑顔が一番!だからよっちゃん准ちゃんの笑顔に大サービスしたげるv」
「わー!たかーい!」
「走るからつかまっとけー!」
「うんっ!」
ぎゅうっと快彦の頭につかまる准一のあったかさに。
快彦は両親のぬくもりを重ねて泣き出しそうになるのをぐっと堪える。
泣くことで何かが解決するのならいくらでも泣く。
でも、涙は何も解決してくれないことを快彦は知っていたから。
口の端にきゅっと力を入れ、前を向いて笑って見せた。
笑っている自分が好きだと言ってくれた、大好きな人の言葉が快彦をそうさせる。
強がりだったそれは、いつしか彼の強さに変わっていた。
大丈夫。
俺はもうちゃんと笑えるから。
「・・・・・せーのっ」
掛け声と共に足を踏み出す。
思い出したぬくもりを振り切るようにただ、たくさん、たくさん走りたい気分だった。
後日。
坂本家に上機嫌で帰ってきた准一に。
父の日のプレゼントと言われて似顔絵を渡された昌行が苦笑いをしたのは言うまでもない。
END
シリアスに耐え切れずオチつけてしまいました。
准ちゃんとよっちゃんのお話。
兄弟の中でこの二人が一番近い存在かもしれないという感じ。
よっちゃんの過去話はきちんとまた書こうと思ってます。
トニの3人の小さい頃の話かなんかで。
相変わらず三男溺愛話ばかりですみません(笑)
2006.7.23