生まれてこの方、人に関わるのが苦手だった。
誰かに合わせて笑ったり、悪口を言ったりするのが嫌だったからだ。
言いたいことを言うと弾かれる、そんな空間が息苦しかった。
前に家族は居るんだと施設の人に教えてもらったことはあるけれど、会ったことが無いし、会おうとも思わない。
俺は捨てられたのだから、捨てられたままでいいと思ったからだ。
生まれた意味を考えたことなんて、何度もあった。
けど、結局納得する答えを導けなくて止めてばかりだった。





こんな、他者自己共に人間不信の俺は、イベント事にさっぱり縁が無く。
自分の誕生日すら、忘れかけていたのだ。














































































初めてのお祝い










































































がしゃーん、と。
何かが落ちた音に俺はぱちりと目を覚ました。
時刻、夜中の二時。
流石にこの時間は全員が寝静まっている時間である。
ということは、泥棒か?
金銭管理は井ノ原が全て担っていて、一日置きに売り上げを金庫の中に入れているのだが。
安っぽい金庫に入れてるから、そのまま盗られる可能性も考えられる。
俺は辺りを見渡して、部屋の隅にあった箒を手に取った。
・・・銃向けられちゃ終わりだけど、まぁ無いよりマシだろ。





そろそろと足音を立てないように階段を降り、一階へと向かう。
カフェフロアには電気がついていて、微かに物音が耳についた。
泥棒って普通電気つけねぇだろ、と疑問に思った時、厨房辺りから声が聞こえてきた。





「よしっ、出来たー!」





声の主が井ノ原だったので、俺はホッと安堵のため息を吐く。
っていうか、出来たって何が出来たんだよ。
覗きたかったんだけど、生憎隠れ見る場所が無くて、俺はカフェカウンターに身を置いた。
お互い普段とは真逆の場所に居るのが、何となく違和感だ。
何処からともなくコーヒーの香りがふわりとして、居心地は悪くない。





「後は片付けだな。へっへっへ、驚くぞー坂本くん」





ご機嫌な井ノ原の声の後、水音が響く。
どうやらヤツは勝手にキッチンに入り込んで、勝手に何かを作ったようだ。
ったく、使う時はちゃんと断れっつってんのに。
文句の一つでも言おうと思ったんだけど、井ノ原の言葉が引っかかった。
俺を驚かそうとしているんだって言ってたな。
それなら、井ノ原に見つからないように見てやった方がいい気がしたのだ。





















やがて水音が止み、厨房の電気が落とされる。
井ノ原の足音がしたから、俺は息を潜めて闇に身を隠す。
運よく、ヤツは俺に気づかないまま二階に上がっていった。
バタンと閉まるドアの音に、潜めていた息をゆったりと吐き出して。
立ち上がり、問題の厨房へと足を進めた。





パッと見た感じ、何の変哲も無い風景。
きちんと片付けもしてあって、問題も無いし。
井ノ原の作ったものが見つからず、俺は首を傾げた。
さっき上に行く時は何も持っていなかったから、絶対厨房の中にあるはずなんだけど。
っていうかアイツ、冷蔵庫の中身勝手に使ったな。
明日作るケーキに響くかもしれない、と思って開けた冷蔵庫の中。
















「・・・・・・あ」





いつもレアチーズケーキやムースを冷やしている棚に、ぽつん、と一つ小さいケーキがあった。
俺はケーキの作り置きをしないので、明らかに違和感である。
これか、アイツの作ったもんは。
そっと引き出すと、それはレアチーズケーキだった。
中にクランベリーの赤がちらちらと見える。
確か前に井ノ原に俺が教えたレシピのケーキだったはず。
しかし、形が不恰好で、売り物には到底ならない代物。
俺をビックリさせてどうしようってんだ、アイツ。
どうせなら使えるもん作れよ、とため息をついた時、ぱた、と何かが床に落ちた。
二つ折りになっているそれを拾い上げると、中に何か書いてあるのが見えて。
広げて見た瞬間、俺の周りの世界がぴたりと止まる。












『坂本くん、誕生日おめでとうー!ってことで、ケーキ作ってみました!
 誕生日プレゼント買う暇なかったから、下手だけどこれで許して!
 この前長野くんに何とか合格点貰ったから、きっと食べられると思うよ!
 これからもまたカフェイノハラのパティシエとして、よろしく!
 俺も負けずに頑張りまーす!でわ!    イノハラ 』












汚い字で、ビックリマークの散らばるアイツらしい文面。
誕生日おめでとうなんて、初めて言われたから戸惑う。
今まで自分が生まれたことをめでたいなんて思ったこと、無かったから。
何故か段々と目の前の景色が霞んでいく。
つん、と鼻の奥が痛んで、自分が泣いていることに気づいた。
井ノ原の手紙にぽつ、と涙が落ちて、慌ててそれを拭う。
大人になってこんな風に無く日が来るなんて、思ってもみなかった。
アイツに見られてなくて本当に良かったと、心底思う。
涙ながらに食べたレアチーズケーキは、不恰好ではあったけれど、俺が今まで食べた中で一番美味しい気がした。



































































それから、三時間後。
いつものようにケーキを作っていると、井ノ原が降りてきた。
普段よりも少し早い時間だ。
きっと、俺の反応を気にして降りてきたんだろう。
厨房の方を向いて頬杖をついているから、よう、と声をかけてやる。





「あ、お、おはよう!」
「何どもってんだ、お前」
「ううん、何でもないよー」





本人は何でもない顔をしているんだろうけど、気にしてるのがバレバレで。
その様子に、俺は思わず吹き出してしまった。
途端、ぷぅっと膨れてしまう井ノ原の頬。





「何笑ってんだよー!」
「んー?いやいや」
「いやいやじゃねぇだろー!俺の顔見て笑うとかアンタ失礼だろーが!」
「あ、スポンジ焼けた」
「聞けよ人の話!」




子供みたいに口を尖らす井ノ原を置いて、オーブンからスポンジを取り出す。
三分割に切り、間にオレンジとグレープフルーツの果肉を乗せ、クリームを塗って挟み。
周りをクリームで覆って、上にフルーツをあしらった。
これが最後のケーキだな。
冷蔵庫にそれを入れて、作業終了。
後片付けを済ませて、手を洗って厨房を出た。
二階に上がる前に、くるんと井ノ原の方に振り向く。





「井ノ原」
「何よ」
「ケーキ、さんきゅーな。美味かったよ」





俺の言葉に、井ノ原の目が限界まで見開いた。
その表情を見て、俺はそのまま何事も無かったように二階に上がる。
思わず緩んでしまう顔。
アイツのびっくりした顔って面白れーし、可愛いな。













「・・・おめでとう、か」






あれだけ悩んでも答えの出なかった問いに、こんなにも容易く答えが導けた。
きっと。
俺は井ノ原に祝ってもらうために、今まで生きてきたんだと。
そんなことを思う俺の下で、井ノ原の文句が聞こえる。
地団駄を踏んでいるのか、ばたばたと五月蝿い。






「んだよ!食ったんなら食ったって言えよ!このっ、何にも言わねーからビビッたじゃねーかよー!」
「五月蝿いよーよっちゃん」
「あ、おはよう長野くんっ!」





やってきた長野に忙しなく現状を解説する声。
遠くに聞こえるそれを子守唄のように感じながら、俺はゆったりと意識を手放すのだった。






END
まーくんハッピーバースデー!!(滑り込み)
うだうだしてたら突然ネタが降って来たので、突発ではありますがSSをば。
イノカフェ設定で、パティシエさんの過去をちらほら。
まだイノさんの過去に踏み入ってませんが、ちょっとまーくんと関係があったりなかったり。
一応お祝いフリー小説ですので、気に入ってくださった方がいらっしゃいましたらどぞです。

2008.7.24