「俺、井ノ原くんみたいになりたいな」
お客さんが少ない時にぽつりと言われた嬉しい一言。
お日様みたいな笑顔を湛えた健ちゃんがくれた言葉。
自分の好きなことが褒められたのが嬉しくて、コーヒー関連の本を渡した。
休み時間とかヒマな時とかに、食い入るように読んでいる姿を何度も目撃してる。
健がカフェの店長だったら通い詰めちゃうなぁ俺、なんて呑気に言って頭を撫でていた。
突然のトラブルと思わぬ救世主
「井ノ原、コーヒーくれ」
昼も大分過ぎてお客さんが減ってきたところに、寝癖を蓄えた坂本くんがやってきた。
極力人と関わりたくないらしく、いつも隙を狙ってやってくるのだ。
カウンターに座るなり、コーヒーを欲しがる。
空きっ腹にコーヒーは毒だからと、俺はランチで出しているトーストサンドを先に出した。
レタスとベーコンと卵のマヨネーズ和えに、トマト。
それをはむ、とぱくつく坂本くんの目線が俺じゃなく、横で真剣な表情をして本を読んでいる健に向いていた。
何か奇妙なものを見るような顔。
あ、そりゃそうか。
いつもなら坂本くんが起きてくるなり文句の嵐、だもんな。
「・・・何読んでんだ、健のやつ」
「俺のよく読むコーヒー関連の本だよ。俺みたいになりたいんだって」
「ふぅん」
よかったな、と言う坂本くんの表情はあまり穏やかではなく。
俺は首を傾げて彼の思惑を計ろうとしたけど、思い浮かぶものは一つだけ。
「坂本くん、妬いちゃった?」
「あ?妬かねぇよ。よかったなっつってんだろうが」
「だって、あんまよかったなって顔してない」
ぷぅ、と頬を膨らませて見せれば、苦笑される。
「俺の顔は元来こんなもんなんだよ」
「まぁねー」
「納得すんなっ」
べし、と頭に一撃食らって痛がってたら、ようやく健の顔がこっちを向いた。
「あれ、坂本くん来てたんだ」
「さっきからな。お前、井ノ原みたいになりたいんだって?」
「うん!だってさーカフェの店長って何か格好いいじゃん!井ノ原くんに出来るなら俺にも出来るかなぁって」
「あのーごめん健ちゃんそれさり気なく俺のこと馬鹿にしてるよね?」
「井ノ原くんは馬鹿にしてナンボでしょ?」
「えええ?!何その基準!」
俺の言葉に健はへらりと笑って返してくる。
可愛い顔してるのにたまに毒吐くんだからこの子は。
話を続けようとしたんだけど、一歩早くお客さんからの注文が入ってしまい、健はそっちに向かって走っていった。
いのっち、寂しい。
しょぼんと落ち込んで見せたら、何故か坂本くんがぶ、と吹き出す。
「なによー」
「いや、お前さぁ、ホント健のこと好きな」
「大好きだよー!」
明るくて、優しくて、自分の意見しっかり持ってて。
いつも人のことを考えてるし、周りへの気配りだって忘れない。
俺みたいになりたいとか嬉しいこと言っちゃってくれてるし。
身内が居ない俺にとって、少し年の離れた弟みたいだもん。
にへにへと笑いながら良いところや好きな部分を羅列してたら、また坂本くんが吹き出した。
なによ、と目線をやるといやいや、なんつってお茶を濁される。
俺、この人の笑いのツボがいまいち分かんない時があるんだよなー。
別に面白いこと言ってないのに、一人で爆笑してたりするし。
まぁいいけどね。
坂本くんに入れたてのコーヒーを差し出し、健が読んでいた本を邪魔にならないところに避けていたら。
なぁ、と坂本くんが話しかけてきた。
「何?」
「ホントに健にやらせんの?これ」
「新しく物事に取組むことはいいことじゃん。少しずつ仕事教えていこうと思ってるよ」
「・・・そうか」
何だか坂本くんの表情が曇り気味で、俺は首を傾げる。
さっきからちょっと変だ。
「坂本くんは、あんまりやって欲しくなさそう」
「別にそんなんじゃねぇよ。・・・ただ」
「?」
「何が起こってもお前が責任取らなきゃなんないんだっつーことは覚えとけ」
「・・・自分の責任は自分で負いたいタイプ?」
「心配性なだけだよ。・・・コーヒーご馳走さん。俺上にいるから、ケーキ無くなったら呼べよ」
「うん。あんまり篭りすぎないでよー」
「あーうん。分かった分かった」
ひらひらと手を振り、坂本くんは再び二階へと消えていった。
あれ、絶対分かってない。
俺が引っ張り出さない限り、外に出る気無さそうだ。
もう三日も外に出てないしなー。
今日はどっか外に食べに行こっかな、あの人引っ張って。
くるん、と店内を見渡してみる。
人は少ないし、ちょっと離れても困らなさそうだ。
「健ちゃん、俺休憩入るねー」
「うん」
「いつも通り二階にいるからさ、何かあったら呼べよー」
「分かってるよ」
休憩行ってらっしゃい、と健ちゃんに手を振られる。
やー、かーわいいー。
超可愛い。
思わず顔の筋肉が緩んじゃうくらい、可愛い。
可愛いって言ったら怒るんだけど、それすらも可愛いもんな。
あは、俺今何回可愛いっつったっけ。
健ちゃん見てると、どうしても余計に可愛いを連呼しちゃう気がする。
俺はニマニマしつつ、着ていたエプロンを脱いで、一つ伸びをした。
階段を登ると、部屋が二つある。
一つは坂本くんので、もう一つは俺の。
俺の部屋は元々物置き場にしていたから、今も色んな物に溢れている。
最初、坂本くんはそっちで良いって言ってくれたんだけど、一応お店の従業員なわけだから。
今まで俺が使っていた部屋を空け、使ってもらっているってわけだ。
休憩時間は寂しいので、坂本くんの部屋に行きます。
駄目って言われても、平気な顔でズカズカ入り込んじゃいます。
これが店長クオリティ。
っていうか、坂本くんの優しさなのかも。
あの人本気で俺を追い出したこと、無いし。
「やあまた会ったね坂本くん今日はどっかに昼食べに行かないっ?」
ガチャ、と勢い良くドアを開けてそう言い放てば、とっても迷惑そうな顔が返ってきた。
こういう顔するんだけど、それ以上は何も突っ込んでは来ない。
テーブルに向かって何かを書いているようで、ひょい、と覗き込む。
そこに書かれていたのは、可愛いケーキの絵だった。
「うわ、かっわいい!それ新作?」
「・・・一応、案だけな」
坂本くんの言葉に、俺は昼のことも忘れてそっちに気が向く。
お店の向上のためだもの、頑張っちゃいますよ。
「ねぇねぇ、どんなのどんなの??」
「新しくワッフル取り入れてみようかと思って」
「うんうん」
「それで・・・」
がっしゃーーーん
坂本くんが続きを説明しようとした時、下から物凄い音がした。
何か、物が連続して落ちたような金属音。
俺は慌てて階段を駆け下り、カフェに戻る。
カウンターの中には何故か健ちゃんがいて、へたり込んで蹲っていた。
周りには、コーヒーを入れる機材が落ちている。
さっきの金属音はこれか。
「健ちゃん!どしたの?!」
「・・・いてー・・・」
「どこ?!どこ怪我した??」
俺の言葉に、健ちゃんは右手を痛そうに伸ばした。
赤く爛れた手。
早く冷やさなきゃ、と俺は立ち上がり、冷凍庫の中から氷をかき集め、ビニールの中に水と一緒に入れて、タオルに包み健ちゃんの手に当てる。
「・・・ごめん、井ノ原くん」
「なにが?」
「お客さん、おかわり欲しいって言うから、俺、本見ながらコーヒー淹れてたんだ」
本当は、いくら休憩中でも俺を呼ぶべき場面。
でも、健ちゃんはそれをせずに、勝手に行動した。
怒るべき状況だったけど、俺は怒ることが出来なかった。
だって、こうなることは予測できたはず。
あれだけ真剣に本を読んでたんだから、コーヒーだって淹れたくなるに決まってるし。
その心理を見逃して、ただ嬉しがっていた俺にも責任がある。
こんな怪我、させちゃったし。
「・・・健ちゃん、今から病院行ってきて」
「え、でも」
「いいから。怪我見てもらってこい」
「・・・ごめん」
「見てなかった俺が悪いんだから、気にしないでよ」
ね、と言いながら、俺は健ちゃんの頭を撫でた。
さっきまでの笑顔が消えちゃったのが悲しい。
相当傷が痛むのかもしれない。
火傷って、普通の怪我とはまた違う痛みだから。
エプロンを外し、着替えて健ちゃんはよたよたと帰っていった。
本当は付き添ってあげたいんだけど、まだ店は閉められない。
心配で心配でどうしようもなくなっていると、背中に人の気配を感じた。
振り向くと、仏頂面の坂本くんが立っていて。
縋るようにどうしよう、と言いながら近づいた瞬間、頬に鈍い痛みが走った。
坂本くんに叩かれた、と反応するのに、時間がかかって。
俺は頬を押さえたまま、彼の姿を呆然と見る。
「馬鹿野郎、どうしようじゃねぇ」
「坂本、くん」
「客を不安にするな。今一番するべきことを考えろ」
「・・・・・・」
「お前が心配したところで、健の怪我は軽くなんねぇだろうが」
確かに、そうだった。
坂本くんの言うとおり、俺が困ってる場合じゃない。
店内は人が少ないとはいえ、今の出来事に若干ざわめきを隠せないようだ。
落ち着いて、元の雰囲気を取り戻さなきゃ。
パン、と両手で自分の頬を打ち、地面に転がった機材を拾い上げ、状態を確認する。
いくつか壊れたものもあったけど、なんとかコーヒーを淹れられることにホッとした。
あ、おかわりしたいって言ってたお客さんが居たって言ってたな。
その人の分を淹れるため、機械をセットする。
坂本くんに殴られて怒られたおかげで、ちょっと冷静になれた気がする。
後ろではなにやら坂本くんが動いていて、首を傾げた。
腰には予備のエプロンを巻き、人数分のケーキをカゴに入れている。
擦れ違い様に頭をぽんぽん、と優しく叩かれ、彼はウェイターよろしく、フロアに出て行った。
「皆様、お騒がせしてすみません。お詫びとして今からケーキをサービスさせていただきます」
丁寧に謝罪をし、座っているお客さん一人一人にケーキを持っていく。
俺は、カウンターで一人驚いていた。
人と関わるのが苦手だと、坂本くんはフロアに出て行きたがらなかったのだ。
ケーキを食べて、美味しいからパティシエに会いたいと言うお客さんが居ても、絶対に姿を見せなかった。
なのに、今坂本くんはフロアに出て、ケーキを配っている。
ホテル勤めの経験があるからか、身のこなしは完璧で、そつがない。
その立ち振る舞いに見とれているお客さんも何人かいた。
笑顔こそ無いものの、何とか現状を打開しようと頑張ってくれている。
だから俺も、負けずにコーヒーを淹れることに集中出来た。
しかし。
カフェは4時辺りに一度込みだす。
今日は特に、人の入りが激しくて、まずいな、と思った。
どうにか坂本くんがこなしているけれど、仕事の内容を分かっている健ちゃんが居なくなった打撃は痛い。
再びわたわたし始めた店内に、カロン、と軽い音。
入ってきたのは、この間の男の子だった。
坂本くんのケーキを食べて高い味がする!とか言ってたっけ。
その子が、入ってくるなり俺の方を向いてぺこ、と頭を下げた。
へ。
「健から連絡貰ったんだ。自分の代わりに手伝いに行ってくれって」
「え、健ちゃんの友達?」
「同級の森田剛。何か手伝えることがあったら言ってよ」
「え、と・・・じゃあ、健ちゃんのエプロン着て、注文取りに行ってもらっていい?」
「任せろ」
素早く着替え、自信満々にフロアに出て行く剛ちゃん。
その小さい背中に漢を見た気がして、俺の胸はきゅんとなった。
そして彼は男らしく注文を聞きだす。
「注文は?」
わーーーーーー剛ちゃーーーん!!!
心の中に居る俺は両手で頭を抱え、右往左往。
や、男らしい。
男らしいんだけど、何か違う!
初対面のお客さんにタメ語駄目だろ、タメ語!
遠くで坂本くんもぽかーんとその姿を見つめている。
そうだよね、そういう反応していいよね。
でも、ここに来るのは専ら地元の、フランクな人たちばかりだったから。
そんな剛ちゃんにも怯まず注文をしている姿を見て、ホッとした。
お客さんはいのっちブレンドとチョコケーキを注文し、それを剛ちゃんがうんうんと聞いている。
あ、それ俺も食べたいとか言っちゃってるし。
甘いもの好きなのかなーと思って見ていると、剛ちゃんがこっちを向く。
「いのっちブレンドとチョコケーキ2つ」
えええええーーーー!!!
あの子、自分の分もカウントしてるんですけどーーー?!!
これにはお客さんもビックリして、まじまじと剛ちゃんの顔を見つめている。
ど、どんだけ自由な子なんだろう剛ちゃん・・・!
まぁ、健ちゃんの友達っていうんだから、変わった子かなとは思ってたけど。
下手したら健ちゃんよりも変わってるかも。
ちょっとおいで!と手招くと、小首を傾げながらこっちにやってきた。
「なに?」
「ちょ、お前ウェイターだろ?!注文しちゃ駄目だろ?!」
「あ、そっか」
「・・・あのーつかぬことをお聞きしますが、ウェイター経験は?」
「無い」
超男らしいーーーー!!!!
腕を組んでそう断言された俺は、その男らしさに胸を打たれる。
出来る出来ないじゃない。
気合と勢いで何とかなる!という彼の姿勢が格好よかった。
「井ノ原ぁ、いのっちブレンド2つにレモンタルト、イチゴのムース1つずつ!」
「はいよっ」
二つの注文に答えるべく、俺はコーヒーを入れる。
お盆にそれぞれのケーキを乗せ、荒削りウェイター二人にそれぞれ手渡した。
「剛ちゃん、落とさないようにね!」
「分かってる。任せろ」
任せたいけど不安なんです。
そんな言葉を飲み込み、息を止めて彼の行動を見守った。
ひょい、とお盆を片手で持ち、するりとお客さんのところまで持っていく。
お、意外と器用だな。
注文の品を置き、そのまま戻ってこようとするから、手でバッテンを作ってみせる。
駄目!挨拶しなきゃ駄目!
俺の念力が通じたのか、あ、と剛ちゃんは声をあげ。
お客さんの前に立ってぺこり、と丁寧にお辞儀をする。
「ごゆっくりどーぞっ」
か、かっわいいーーーーー・・・!!!
心の中の俺は、既にHPをガリガリに削られて瀕死状態である。
可愛いし、男らしいし、可愛いし、どうしたらいいのか分からない。
カッコ可愛いって言うには男らしいし。
格好いいって言うには、可愛いし。
形容しづらい人間に出会って、俺は変に動揺していた。
「ねぇ」
「・・・へ、な、何?」
「アンタ名前なんて言うの?」
「い、井ノ原・・・」
「井ノ原くんね。了解」
よろしくね、と言いながら剛ちゃんは俺に向かって手を延ばし。
俺は慌ててその小さな手と握手をするのだった。
どうにかこうにかその三人で峠を乗り越え。
ようやく一息つけるところまで落ち着いた頃に、健ちゃんが戻ってきた。
手にはぐるぐると包帯が巻かれていて、痛々しい。
「健ちゃん!」
「・・・ごめん、井ノ原くん」
片付けもしないで病院行っちゃって、としょぼくれる健ちゃんを、俺はぎゅうぎゅうに抱きしめた。
よかった、戻ってきてくれて。
入院とかにならなくて、ホントよかった。
「手、どれくらいかかるって?」
「・・・1ヶ月くらいはかかるみたい」
「でも、治るんだよね?」
「うん」
「よかったぁー・・・」
ちょっと治るまでに時間はかかるけど、無事でよかった。
何だか泣きそうになっている俺の腕の中で、健ちゃんがもがいている。
離せよ井ノ原っ、と言われて、ぺり、と剥がされた。
もっと長く抱きついてたかったのにー。
そんなつれない健ちゃんはカウンターに腰掛けている剛ちゃんに気付き、剛、と名前を呼ぶ。
当の本人は、先程食べたがっていたチョコケーキに夢中である。
「剛ってば!」
「あ、健。治った?」
「うん!剛、手伝ってくれたの?」
「まぁね」
「ありがと!あ、坂本くん、俺も剛と同じのちょうだい!」
「・・・お前らホントマイペースだな」
呆れながらもケーキを用意してあげる坂本くん。
カウンターに並んで、健ちゃんと剛ちゃんがチョコケーキを頬張っている。
その姿が可愛くて、俺の顔は緩みっ放しだ。
この二人が並んでいるのを見ると、何処か似ている雰囲気を感じる。
苗字は違うから、兄弟とかじゃないと思うんだけど、纏っているそれが兄弟っぽい。
にこにこして観察してた俺は、はたと気づく。
「剛ちゃん、バイト代まだだったよね?」
「あ?いいよ、そんなの要らねぇ」
「いやいや!そんなわけにはいかないから!」
「要らねぇって。このケーキでいい、高い味するし」
チョコケーキを指差しながら、剛ちゃんはにっこりと笑った。
ちらり、と横を見ると、坂本くんが嬉しそうにしているのが見えて。
本当は自分の作ったケーキを食べてる姿を見たいんじゃないかな、と思う。
とはいえ、人付き合いには未だ慣れないようで、口数は少ないんだけど。
少しずつ変わってきているのが、今日を通じて分かった気がする。
剛ちゃんっていう友達も増えたし、健ちゃんも無事だったし。
一時はどうなることかと思ったけど、全てが丸く収まって、俺はようやく思いっきり笑ったのだった。
END
2008.7.4