兄貴であること。
それは、一体どうあるべきことなんだろう。
施設に入っていた俺には勿論兄弟なんてなくて。
いつの間にか(ある意味強制的に)出来てしまった弟にしてやれることなんか、何も思いつかなかった。
ただ、弱音を吐かないで、前を見る。
それが兄貴の務めだと、信じて。

































































はんぶんこ






























































「あにぃ」
「何だ、まぁ」
「おうち、なくなっちゃったの?」
「・・・・・・うん」





施設が潰れてしまったのは突然で。
見捨てられた俺たちは住む場所をなくして彷徨っていた。
せめて雨を防ごうと選んだのが、公園の土管の中。
不安でいっぱいの小さな身体をぎゅう、と腕の中で抱きしめると日向の匂いがした。





「お腹、減ったか?」
尋ねればふるふると首を横に振る。
「へーき!」
言って、にひっと俺に笑顔を向けてきた。
途端、きゅるきゅると鳴りだす音。
出所は確実に下腹部から。
松岡のまん丸な目がビックリしたように俺を見てくるから、笑ってやる。
「減ってんじゃん、お前」
ちょっと待ってろと言ってポケットをごそごそと漁った。
さっき入った駄菓子屋でくすねた板チョコレート。
売ってる人がおばあちゃんで、こっくり転寝してたから頂戴した。
本当は悪いことなんだけど。
生きるためにはこうするしかないんだと、自分自身に言い聞かせて。
チョコを見て目を輝かせる松岡。
今全部食べたら明日食べるものがなくなるから、ぱきん、と小さく割って渡す。
それを松岡に渡して残りを仕舞い、ごろんと寝転がった。
俺は、我慢しよう。
本当に限界になったら食べればいい。









そう、思ってたのに。










「あにぃ」










松岡が俺の名前を呼んで。
なんだ?と振り向いたら小さな手が懸命にもそもそ動いて。
ぱきん、と小さく音が鳴った後。
差し出される、黒いもの。







しばし、見つめる俺。








「・・・・・・?」
「はやく、とけちゃうよ」
「あ、ああ」
慌ててぱくりと口に放り込めば、続けて松岡も自分の口に残りを入れた。
甘い香りが広がってすぐに消えてしまう、それ。
あ、チョコ。
って俺反応遅すぎ。
つーか。
「・・・まぁ」
「あにぃとまぁははんぶんこ、するの」
だってきょうだいだもん、と。
何てこと無いような大人びた口調でそんなことを言うもんだから。
張っていた気がすとん、と抜けて。
俺は残りのチョコレートを取り出し、パキンと割って半分を松岡に差し出した。
「半分こ」
言えば、にひっと笑って受け取る。
でも、俺が食べるまではちゃんと待っていて。
いただきます、と手を合わせたらそれをちゃんと真似して。
二人同時にぱくっとそれに齧りついた。


















「ごはん、これでさいご?」
「おう」
「あしたから、どうするの?」
「・・・まぁどうにかなるだろ」
「えー」
俺の言葉にかなり心配そうな表情になる松岡。
「大丈夫。お前だけでも何とか引き取ってくれる人探してやっから」
な、と覗き込めば。
急にまん丸な目が潤んできてしまったのでビックリした。
だって、コイツは元々我慢強くて。
転んでも一人できちんと立って、何にも無いように歩き出す。
しっかりした子ねぇ、と周りの人にもよく言われて笑ってたようなヤツだったから、特に。
「お、おいまぁ」
「まぁ、あにぃとはなれるの、やぁ」
うわーんと泣きながらしがみついて来る。
チョコレートでベタベタの手のまま。
甘い香りが俺と松岡を包んで。
じわじわとあったかいものが俺の服に染みてくる。
ぎゅうっと抱き返せば、泣き声がどんどん大きくなって。
あんまりにも大声で泣くもんだから、俺も涙腺が緩んじゃって。
気づけば二人揃って、泣いていた。

















ちょこれーともはんぶんこ。
なくのもはんぶんこ。
まぁはあにぃがないたらなくの、と。
赤い目をした松岡が一生懸命俺にそう言っていたのだけ、覚えてる。
あ、それから俺が先に泣いたのお前だろとからかって、松岡を拗ねさせてしまったことも。
拗ねたってずっと、くっついてるところが松岡らしくて。
一緒に居ることが嬉しくて仕方なくて、俺がもう一度ぎゅうっとしたことも。
その後俺たちは一緒に泣き疲れて寝たらしい。
ぱか、と目を開けたら太陽が地面を照らし始める頃だったから。


























次の日。
俺は松岡を連れて幼稚園へ行くことにした。
金が無い俺には松岡を幼稚園に通わすだけの力が無かったから。
退園届けを書いた後はどうしよう、と。
首を捻りながら唸っていると、すぐ横下からも同じ唸り声。
見れば松岡が俺と同じような格好になっていた。
「真似すんなよー」
「まね、すんなよー」
俺の言葉を反復してけらけら笑う。
松岡の屈託のない笑顔を見て、俺は安堵する。





大丈夫。
二人で居れば、大丈夫だ。













兄貴としてのあるべき姿はまだわからないけど。
こうやって、手ぇ繋いで。
一緒に笑ってやることだけが、今俺に出来る全てだと思う。














ぶんぶんと繋いだ手を振りながら。
時折、小さい身体を持ち上げて怖がらせながら。
俺と松岡は幼稚園に向けて一緒に歩いていくのだった。
この後、坂本に出会って劇的な人生の転機が訪れることを予期せぬままに。







END



2007.4.3