「おーい松岡ー!」
背中から聞こえてくる声に振り向けば。
細い目をした俺の悪友が手を振りながら走って近づいてくるのが見えたので。
そのまま手をヤツの進行方向を塞ぐように伸ばしてみた。
「ぉげふっ」
打ち合わせをしたかのようにそれにぶつかる井ノ原。
「あ、悪ぃ悪ぃ」
「今のは絶対わざとだろーが!」
憤慨する悪友だけど、まぁ本気で怒ってはいまい。
軽く笑えば口を尖らすだけに留まり、俺たちは並んで学校に向け歩き出す。
「松岡さんはガッコウですかー?」
「ガッコウですよー井ノ原さんはサボりですかー?」
「俺ぇ?俺もガッコウですけどー」
「屋上でのーんびり日光浴でもどうだい?」
「いいねぇ悪友。ナイスアイディーア」
こんな風にして俺たちはゆったりといつもの道を行く。
学校自体に遅刻すると門を開けてもらうのに色々と面倒だから、ギリギリではあるけど登校時間は守って。
他の不良どもと違うのはこの辺りかな。
ちゃんと挨拶もするし、まぁまぁ授業にも出てるし(大半寝てるけど)
あ。
遠くから怒鳴り声。
「井ノ原ぁ!松岡ぁ!」
「やっべ、坂本センセーお怒りだぜ」
「何怒ってんだか。俺たち余裕で間に合うのに・・・って、アレ」
時計を見るなり井ノ原の動きが止まる。
「どした?」
「・・・松岡、ダッシュだ」
「は?」
聞き返す間もなく、井ノ原が走り出す。
わけも分からずただそれを追って一緒に走れば。
「後10秒で門閉めんぞー!」
と、坂本くんのよく通る声が俺たちの耳を突き抜けた。
・・・・・・マジかよ。
坂本くんのお慈悲でなんとか閉門には間に合い。
ぜぇぜぇ言いながら学校の階段を上る。
一年生は一階の教室なんだけど、生憎俺たちは屋上に用があるもんだから。
迷いも無く階段を上り続けて、屋上のドアを開けた。
もちろん立ち入り禁止の看板は無視。
屋上に着くなり二人ほぼ同時にぽいっと手に持っていたカバンをその辺に放り投げる。
そして、ごろんと床に背をつけた。
今日もいい天気。
一応二人とも雨男だったりするんだけど。
最近は天気がいいのが続くなー。
珍しいな。
俺の横で井ノ原が大きく伸びをする。
「松岡ぁ、今日は最後までいんのか?」
「いいや帰るけど。何でよ?」
「昨日俺一人で寂しい喧嘩を繰り広げたんだぞー勝ったけど」
「じゃあいいじゃん」
「だーかーら。寂しいんだって!」
「お前が寂しがり屋なのは知ってるけど、今ウチに兄ぃいるから飯作んないといけないんだっつの」
そう言えば、不思議そうな顔をして首を傾げる。
「松岡の兄貴って殆ど家にいないっつってたじゃん」
「そう、だったんだけど、な」
「・・・・・・?」
あの恥ずかしい告白の後。
何を考えたのか兄ぃは暫くここにいる、と言い出した。
仕事は無理矢理休みを貰ったらしい。
とりあえず一週間は居座るからよろしくな、と兄ぃは笑い。
まぁここは兄ぃの家でもあるんだからゆっくりしてきなよ、と言えば、かなり笑われた。
『・・・・・・何よー』
『何でもねぇよ』
『何でもねぇのに笑わないでしょ』
『いやー素直じゃない弟だなぁと思って』
『べ、別に俺は兄ぃがいなくても寂しかったりしないし!』
『あ、そーう』
『・・・・・・ねぇ兄ぃ。頼むからあの時俺が言ったこと記憶から抹消して』
『やーなこったい』
一生覚えててやる、と言われて顔面がこれでもかって位に赤く染まる。
言う言葉が見つからないで、ただ口をパクパクさせていれば。
それを見た兄ぃがわしゃわしゃと俺の髪の毛をぐしゃぐしゃに混ぜながら笑った。
・・・・・・なんて恥ずかしいやりとりを悪友に説明できるわけもなく。
「仕事が休みになったから暫く家にいるってさ」
と、かなり端折った説明をすれば、ふーん、と淡白なお返事。
寂しいなぁ俺、と呟きながら井ノ原はごろんと転がった。
ああ、俺お前のそういうところが羨ましい。
素直すぎるのが玉に瑕だけど。
適当に屋上で時間を潰して。
帰ると言い張る俺の足にしがみ付く悪友を振り払って(顔面から地面にイったけどまぁ大丈夫だろう)近場のスーパーに足を運んだ。
朝きちんとチラシを見てチェックを入れたものをかごの中に放り込んでいく。
男の一人暮らし(今は兄ぃもいるから二人暮らしだけど)は意外と出費がかさむ。
だらしなく過ごすんだったらさしてかからないだろうけど。
汚くしてたらゴのつく黒光りしたアレが颯爽と現れるから絶対嫌だ。
前に長瀬んちで遭遇した時はマジ泣きした・・・って、話が反れちゃったな。
商品を見つつお財布と相談しながら昼と夜のメニューを考える。
がらがらとカートを滑らせながら。
んー。
兄ぃは何でも食べるけど、意外にガッと食える男の料理が好きだから。
昼は炒飯と餃子とスープ。
夜は焼きソバで。
仕方ないからっていうかきっと来るだろうから長瀬と茂くんの分も買っとこう。
あ、バラ肉安い。
買っといて冷凍しとこっと。
焼きソバはまぁこれでいいだろう。
後は酒だな。
兄ぃ飲むから多めに買っておかないと。
くしゃ
ん?
なんだこれ。
いつの間にお菓子入ってんだ。
入れてないぞ俺ぁ。
「マーボー!」
「うぉわぁっ!!」
背中から大きいものにどつかれてつんのめる。
声だけで分かった。
っていうか、俺をどつくやつなんて井ノ原以外には一人しかいない。
「長瀬?!お前なんでここにいんだよ?!」
「お菓子買いに来た」
「じゃあこれ自分で買えよ」
カゴの中に無断で入れられていたお菓子を長瀬に押し付ければ。
「ちょ、ちょっと待って!聞いてくださいマボ!」
慌てたように弁解を始めた。
「何だよ」
「お菓子買いに来たんだけど、財布がない!だから買ってください!!」
物凄く爽やかな笑みを浮かべて長瀬がカミングアウト。
その瞬間、俺はすっぱーんとヤツの後頭部に手刀を入れた。
「馬鹿野郎駄目だ!」
「なんでですかーせっかく正直に言ったのに」
「正直すぎてムカつくんだよ!!」
「あ、マボ飯作んの?」
「人の話を聞けぇ!!!」
「えーと、何だっけ?」
「・・・・・・もういい真面目に取り合った俺が馬鹿だった」
がっくり大袈裟に肩を落としてみせれば。
想像以上にわたわたと慌てだしたので、恥ずかしさと申し訳なさが先に立ち。
どうして俺がこんな思いしなきゃなんねぇんだとブチブチ言いながらも、お菓子を買ってやり。
昼ご飯=お菓子だと言い出した長瀬をウチに招待することにした。
多分、あの人も食ってないんだろうから、一緒に。
長瀬に大半の荷物(割れ物は自分で持った)を持たせ、家に帰ると。
腹を空かせた兄ぃがごろんと寝転がっていた。
傍には手入れをしたらしいサーフボード。
色々部品が取れたりしてますが、そのままで。
多分、飽きて寝ちゃったんだろうな。
「兄ぃただいまー」
声をかければむくりと起きて、欠伸を一つ。
寝起きが最高に悪い兄ぃなんだけど、眠りが浅かったらしく意外と普通におう、と返事があった。
「おじゃましますー!」
元気よく挨拶をし、どかどかと荷物と共に家の中に上がりこんでくる長瀬。
「お前はまず茂くん呼びに行けよっ」
荷物を置いたところを見計らってその広い背中に蹴りを入れる。
長瀬は痛いっすよマボーとか言いつつも、一旦家を出て茂くんを呼びに行った。
よし。
「今日の飯は?」
「炒飯と餃子。松岡特製スープつき」
「お、いいなぁ」
嬉しそうに笑う兄ぃは再びサーフボードに意識を向け始め。
俺は俺で昼食の準備に集中する。
紫のエプロンを巻き、調理器具を並べて。
材料を包丁で切っていると、ばむ、と冷蔵庫の空く音がした。
見れば、兄ぃが冷蔵庫の中に頭を突っ込んでいる。
「・・・そんなに今日暑い?」
「違ぇよ。ビール探してんの俺は」
「昼間っから飲むのかよ?!」
「おう。昼間も夜も飲むぞ。あ、あった」
お目当てのものを掴んで、満面の笑みになる兄ぃ。
あの、ねぇ。
ビールだって今税金上がっちゃって出費馬鹿になんないんだよ。
そこんとこ分かってる?と問えば、分かってる分かってるーと適当な返事をして。
洗ったばかりのグラスを片手に居間に戻っていった。
絶対分かってない、あの人。
「マボー!連れて来たよー!」
玄関から長瀬の声が響き。
それに追って、おじゃましますーと間延びした声。
作業を中断して、居間に向かえば。
茂くんにこれどうぞ、とビールの6缶セットを渡された。
「どうしたのよ、これ」
「んー、いつもお世話になっとるから、おすそ分けになぁ」
茂くんにお礼を言おうと口を開きかけたところで。
不意に、手の中が軽くなる。
「サンキューシゲさん!」
「あ、ちょっと兄ぃ!」
ひょいと俺の手にあったビールは瞬く間に兄ぃの手に渡り、ビリビリと乱暴に開封されたそれ。
多分今日中には無くなるだろうな。
ため息をつきながらその様子を見ていれば。
ぱすっと優しく背中を叩かれる。
「・・・茂くん」
「山口はいつもこうなん?」
「・・・まぁ、大体は」
「じゃあ今度家にたまっとるビール券全部持ってきたるわ」
「ほ、ホントに?!」
「ぉん。僕、バーボンの方が好きやし、そんなに使わないから余らせてたんよ」
「すっっっげぇ助かる!!よろしく!!!」
両手で茂くんの手を握ってぶんぶんと振り回せば。
俺も俺もー!と長瀬がもう片方の手を握って同じ動作をする。
や、俺遊んでるわけじゃないから。
ただ嬉しかっただけだから。
急に気恥ずかしくなってパッと手を離し、二人に席に着くよう促した。
「茂くんも飲む?ビール」
「えー・・・と」
「飲もうぜシゲさん」
「・・・ぉん。じゃあ貰うわ」
「おっけー」
「マボっ、俺も飲みたいー!!」
「お前はまだ駄目!せめて高校に上がってからにしろ!」
調子に乗る後輩を怒鳴りつけ、茂くん用のグラスと長瀬の飲み物を用意しようとキッチンに戻る。
冷蔵庫の中身を覗いて、丁度貰いもののジュースがあったからそれを取り出し。
二つをそれぞれ自分の手で持って、居間に戻った。
俺が二人にそれらを手渡したのと。
兄ぃがグラスを割ったのはほぼ、同時。
酔っていたんだから、多分手元が狂ったんだろう。
やべ、と呟く兄ぃの声が聞こえて、追ってグラスの割れる音がした。
「うわ、何やってんのよ兄ぃってば」
「悪ぃ悪ぃ。今片付けるからお前掃除機持って来い」
「いいよ俺がやるから。酔ってる時に触ったら怪我するよ」
「だいじょーぶだって」
にこにこと笑みを浮かべながら兄ぃが割れたグラスに手を伸ばす。
俺は。
俺は何故か、その場で立ち尽くしていた。
身体が微かに震える。
キラリと光るグラスの割れた箇所が痛いほどに目に入ってきて。
そして。
「っいって・・・っ!」
俺の予想通り、兄ぃはグラスに触れた瞬間、火傷をしたみたいに手を離した。
ぷっくりと赤い血の玉が出来て、ぱたり、とテーブルに落ちる。
慌てる茂くんと長瀬。
俺は。
掃除機を持って来なきゃいけないのに、動けない。
さっきから震えが止まらなくて、それを止めようと自分の両腕で身体を押さえていた。
俺の異変にいち早く気づいたのは兄ぃだった。
「悪ぃやっちまった・・・って、どうした?松岡」
「・・・・・・っあ」
怪訝そうな顔で尋ねてくる兄ぃに大丈夫、と。
言いたいのに震えて声が出ない。
どうして。
何してんだ、俺、は。
必死に身体の震えを押さえようとしても、どうにもならなくて。
額からはぱたぱたと汗が流れ落ち、力が入らず思わず床にへたり込んだ。
「・・・松岡?」
「あに、ぃ」
「どうしたんや?具合でも悪いんか?」
「・・・っちが、」
違う。
具合が悪いとかじゃない。
別にどこも悪いわけじゃない。
ただ、怖い。
兄ぃが怪我をしたことが、酷く。
その恐怖に目の奥が疼いて、頭がギリと締め付けられる。
――――――――――――あにぃ!!
小さな俺が叫ぶ。
ぐらりと揺れる兄ぃの身体。
追って、真っ赤なものが俺の目の前を支配する。
ずっと、一緒。
今までも、これからも。
なのに兄ぃは俺を抱きかかえたまま動かなくなって。
怖くなって、泣き続けていた。
一人なんて嫌だ。
兄ぃが一緒じゃなきゃ、嫌だ。
そう言いながら、ずっと。
怖くて叫びだしそうになるのを必死に堪える。
叫んでしまえば楽になるのは知ってるけど。
茂くんとか、長瀬とか、兄ぃにそんな自分を見せたくなかった。
耐えて、耐えて。
目を瞑ったと同時に、ぎゅうっと誰かに頭を抱えられるようにして抱きしめられる。
あにぃ、だ。
「・・・・・・まぁ」
「・・・っあにぃ」
「もう、大丈夫だから」
「・・・あにぃ、しんじゃ、やだ・・・っ」
「死なねぇよ。少なくとも、お前よりは先に死んだりしねぇ」
「ほん、と?」
「おう。だから、ちょっと休め」
兄ぃの声と、ぽんぽん背中を叩く手の心地よさに。
いつの間にか怖さがどこかに行ってしまって。
俺は兄ぃの腕の中で、言われるがままに目を閉じた。
追ってやってくる眠気。
寝てしまえばきっと楽になることを、本能的に俺は知っていた。
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2007.11.9