いつも同じメロディを刻むチャイムで俺は目を覚ました。
ガタガタと椅子が動く音。
教室内に別れの挨拶が飛び交う。
あーもう授業終わっちゃったのね。
むく、と身体を起こして伸びを一つ。
机の上に出していた教科書(国語出してたけど今のは数学だった)は折り目と涎で凄いことになっている。
珍しく授業が全部終わるまで学校にいたな。
掃除が始まる時間、当番の子は俺にどうやって話しかけようか戸惑ってる様子。
どけって言えばいいじゃん。
素直にどけますよ。
そんな乱暴者じゃないんだからさ。
クラスのシャイボーイの為に、自主的に席を立つ。
ああ、俺ってばなんて優しいんでしょ。
気が利くっていうかね。
ふらふらと教室を出て行く俺の背中に色んな言葉が刺さった。
何で学校来てんだろ、とか。
松岡がいないんだから独りなんだ、とか。
さっさと退学してくれればいいのに、とか、小さい声で。
慣れてる。
慣れてるんだけど。
胸の奥の方がなんだかもやもやしてきて。
それをどうしようかちょっぴり考えてから、手近にあった机を思いっきり蹴ってやった。
がったーんと物が倒れる音。
机の中からは置き勉してる教科書がざらざらと飛び出て。
あーあれ名前書いてあったらいいけど、書いてなかったら誰のかわかんねぇだろうなぁなんて心配してみる。
やっぱ優しいなー俺。
そんで、振り返って笑顔を一発。
「なーんかお話あるんでしたら大声でどーぞ?」
丁寧に言ってやったその言葉に、掃除当番の面子は全員青くなって首を横に振った。
何でもないの。
じゃあ口開かないでくれる?鬱陶しいから。
そう、思いを込めて。
「あ、そ。じゃあ掃除頑張ってくださいねー」
と、にこやかに振舞って俺は教室のドアを開けた。
待ち構えるはしかめっ面の生徒指導の先公。
・・・長野くん。
俺は今日も残業みたいです。
「あー・・・疲れた・・・」
ぐったりとしたダルさを身に纏いながら、職員室を出る。
助けてもらおうと長野くんを探したんだけど、もうご帰宅されましたとの冷たい現実。
まぁいつもに増してこっ酷く叱られて。
理不尽っちゃ理不尽な物言いにキレかけながらも、早く帰りたい俺は素直にハイハイと頷いた。
さっき長野くんからメールが来てて。
今夜はまーくん特製鶏団子のチゲ鍋だって。
うわー食いたい!
長野くん程じゃないけど、俺も坂本くんの料理のファンだから。
想像しただけで涎が出る。
てくてくと足を進めて、学校の門の前まで。
じゃあな学校。
お前の中にいるとロクなことないや。
さっさと帰って、鍋食べよっと!
わくわくしながらカバンを抱えて歩き出せば。
がしっと襟首を掴まれた。
ぎぎぎ、と当事者を見ようと首を捻れば、これまたとても典型的な先輩が。
「井ノ原ってぇのはてめぇか」
・・・・・・あーあー。
どうしてこう、どこにでもこういう人が居るんでしょうか。
そんで俺はいつ帰れるんだろうか。
溜め息をつきながら相手から繰り出された拳を鮮やかに交わし、カウンターを決めた。
2、4、6・・・・・・あー多いなー今日は。
助けて松岡ー・・・って帰ったんだっけアイツ。
めんどくさい。
つーか、鍋、食いたい。
坂本くんの鍋が。
なべ、が。
まーくーん。
きょうのごはん、なにー?
んー、今日は快彦の好きな鍋だぞー。
なべー!
おれねっ、おれもちきんちゃくたべたい!
あととりだんごとーはくさい!
ひっくんといっしょにきてもいーい?
ダメっつっても来るんだろうがアイツは。
なぁ、山口と松岡も一緒に来るか?
あぁ、そうだなぁ。お邪魔させてもらおうかなぁ。
な、松岡。
・・・・・・松岡?
・・・・・・ねぇ、あにぃ。
あそこにへんなひと、いるよぉ。
くわん、と頭の中で響く。
何だ今の。
坂本くんが鍋作るって言ってて、山口くんと松岡誘ってて。
繋いだ手。
歩く道の先に、光る何か。
危ない。
アレハアブナイモノ。
「頭、痛ぇ・・・・・・」
最後の一人だろう相手を地面に沈め、夕空を目にして米神を押さえる。
薄っすらと染まる空。
見覚えがあるようでない、空。
いつも見てるから見覚えがないって方がおかしいのかもしれないけど。
余りにも絵に書いたような綺麗さに、頭痛がした。
俺は昔からからりと晴れた時みたいな鮮やかな空を見ると決まって偏頭痛に悩まされる。
綺麗、なんだけど。
目に痛くて、頭に響く。
そういや松岡も似たようなこと言ってたっけ。
青空を直視すると頭が痛くなるとか、なんとか。
ヤツの場合は目の色素が薄くて、陽の光の影響が普通より強く出る所為らしく。
だから日中サングラスは手放せないわけなのよ、って笑ってた。
俺は頭。
アイツは目。
それぞれが青空を拒絶しているように思えて。
でも、それが何故なのかはわからなくて。
「・・・・・・考えたことも、なかったのになぁ」
どうでもいいって思ってた。
そんなもん気にしなくても生きていける、って。
でも。
今日長野くんの泣き出しそうな顔を見てから、何かがおかしい。
引っかかるんだ。
心のどっかに、あの顔が。
それが何なのかはわかんないんだけど。
ま、いっか。
とりあえず鍋、食いたい。
・・・もう邪魔するヤツいないよな?
きょろきょろ辺りを確認してみれば、周りの男たちは全員地面と仲良くなっている。
学ランを脱いで肩に引っ掛け、口の端を拭う。
あー鉄の味がする。
一人喧嘩って後味すげぇ虚しいな。
今度は無理矢理松岡呼ぼう。
「・・・・・・ってわけなのよー長野くん」
家に帰った途端、怪我だらけの俺を見て長野くんが笑顔で迫ってきたから、慌てて正座した。
今日は別に俺が悪いことなんてないし。
居残り事件から道端の喧嘩までを事細かく話せば、どうにか開放してくれた。
ふー。
「坂本くんもただいまー」
「おう、お帰り・・・って、お前その顔!また何かやったのか?!」
キッチンを覗いてそう言った俺の姿に、坂本くんはお玉片手に目を丸くする。
またかよ。
ウチの二人は心配しすぎ。
また話すのが面倒で、詳しくは長野くんに聞いて、と言い捨ててカバンと学ランの上を近場に投げソファに座った。
あーふかふか。
さすが金持ちの持ち物。
つけっぱなしのテレビに目を向け、テーブルの上の新聞を手に取る。
楽しそうな番組は見当たらない。
今入ってるのは・・・・・・と、これか。
『全国ラーメンランキング100!今一番流行っているラーメン店を徹底リサーチ!』
・・・・・・わーなーがのくーんらしー。
テレビ欄しか見ないから、新聞を元通り折りたたんでテーブルに放り投げた。
「よっちゃん、だらしないよー」
もぐもぐと口を動かしながら長野くんが近づいてくる。
目線はテレビ一直線。
手には手帳とスナック菓子。
手帳の中には住所とその店のポイントがぎっしりと。
「・・・ねぇ。当たり前のこと聞いていい?」
「なにー?」
「長野くんって先生なんだよね?」
「そうだよー」
「でも、気づいたらもの食ってるし、店回ったりしてるよね」
「そうだねぇ」
「・・・・・・なんでグルメリポーターの道に進まなかったの?」
「だってあれ、美味しくなくても美味しいって言わなきゃいけないでしょ」
「・・・そこなのー?」
「そこでしょ。・・・・・・あ、ここ美味しそう」
スナック菓子を置いてメモを取り出す長野くん。
あの手帳に書き込まれた店は近いうちに制覇されること請け合いだ。
「今度の土曜日、よっちゃんも一緒に行く?」
「どこに?」
「ラーメン屋さん」
ここで終わるのだったら俺は喜んでついていくだろう。
が。
彼の場合、ここから先の質問が重要だった。
「・・・何軒?」
「えーと、ここの味噌ラーメンと、この店の支店なんだけど塩ラーメンが美味しいここと、味噌と塩食ったらやっぱ醤油でしょってことでここに行って、締めにお茶漬けの美味しい店が、」
「ご遠慮します」
長野くんの誘いを丁重にお断りする。
一度一緒に行って胃袋が破裂するんじゃないかって位に食べてからは、まず何軒行くのかを聞くことにしてるんだけど。
4軒って聞いて今回は少ないなぁなんて思っちゃう俺が怖い。
そんでこの矛先は決まって別の方に向けられるのだ。
「そっかー。んじゃ坂本くん誘おっと。ねー坂本くーん、今度の土曜日空けといてねー」
「んぁー?なんだってー?」
ひょこっとキッチンから顔を出した坂本くんに、長野くんはいつもと変わらぬ笑みを浮かべ。
「今度の土曜日空けろっつってんの。ついでに財布も全部坂本くん持ちでヨロシクー」
「おい、何言ってんだお前」
「給料日前で辛いんだもーん。金持ちの分際で平民に奢るっていう度量の広さがないかね坂本くんは」
「いっつも奢ってやってんのは誰だよ」
「奢ってや・っ・て・ん・の?」
「いつも奢らせていただいてますごめんなさい長野さまお願いだから笑顔で迫ってこないで怖いから怖いから怖いからっ!!!!」
脅えてキッチンに引っ込んでいく坂本くんと、それを笑顔で追いかけていく長野くん。
このやりとりはいつ見ても楽しい。
ってか坂本くんに拒否権はないんだなぁ。
そんでいっつもいっつも苦い顔をしながらも長野くんに付き合っちゃうんだなぁ。
遠慮とか相手の気持ちを考えての行動とか、そんなんじゃなくて。
多分、それがこの二人にとっての普通なんだろうな、と思う。
まるで俺と松岡が遊んでる時みたいに。
じぃっと長野くんの背中を見てたら、急に振り返られて。
目を細められ、今度は俺の方に近寄ってくる。
な、なーんか嫌なよかーん。
「よっちゃーん、坂本くんが『いのはらがいくなら俺もいく』って言うんだけどー」
「!!!」
長野くんの後ろに目を向ければ。
半泣き状態の坂本くんがどっかのCMのチワワよろしくな瞳で俺を見ていた。
あの人はもう、余計なことを!
っていうかんな目で見られても可愛くないっつの!
年上だろと・し・う・え!
「年上の威厳ってもんがないのかアンタはー!!!!」
「ない!男二人で寂しくラーメン屋巡るよりプライド捨ててお前誘った方がマシだ!!」
「男三人だってさして寂しさは変わんないでしょーがー!!!」
「なにをー?!男二人でグルメツアーなんて端から見てキモいことこの上ないだろうがー!!!」
「いいじゃんっ端から見ても夫婦みたいなあんたらにピッタリだよっ『夫婦グル巡りツアー』と題して二人でどこへでも行ってこいよー!!!」
我ながら上手いこと言ったなぁと自画自賛していると。
じぃっと視線が俺の右頬に刺さった。
「・・・・・・なに、長野くん」
「来るの?来ないの?」
にっこりと。
有無を言わさぬその笑みに。
俺と坂本くんは揃って必死に首を縦に振り続けるのだった。
い、胃薬買っとこう。
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2007.3.7