屋上の真ん中辺り。
雲ひとつない青い空の下で、俺は上を仰ぎ見る。
ただ今高校生活真っ盛り。
入学して2ヶ月。
周りは成績ばかりを見て人を見ない大人たちばっかりで。
少しでも人と違うことをすると目をつけられる。
だから、友達を作るっていう行為よりも皆が重点を置くのは勉強で。
教室にいる殆どの人が机と睨めっこしていた。
勉強なんてテスト前にいかにしてヤマを張るかってとこだと思うんだけど。
・・・なんて言ったらはっ倒されそうだな。
当然、授業を平気でサボってる時点で先生たちからは『不良』扱いされるんであって。
俺は彼らの間では問題児になっている。
煙草も薬もやってない(飲酒はするけど)のに不良なんだなぁ。
なんて、人事みたいに思ったりして。
人生なんてこんなもんか。
つっまんねぇ。
「いーのはらー」
後ろから、声。
身体を起こして振り向くのと同時に、顔にぴしゃっと袋が当たった。
それが落ちないように素早く手で掴むと、その先にひょろっとしたでかい図体が見える。
同学年(しかも幼稚園からの長ーいお付き合いの腐れ縁)の松岡昌宏だ。
ヤツも面倒だという理由で授業を抜け出したクチで、所謂、問題児その2。
誕生日が俺よりも遅いくせに、俺より背が高い腹立たしい男だ。
制服わざわざ特注かけて紫にしてるから嫌でも目立つ。
あの趣味の悪さは真似出来ねぇ。
松岡ならではの服装だ。
なんでそんな格好するのか問いただしたこともあるけど俺くらいになるとね、なんつってよくわからない自慢話が始まったからしかとした。
所々耳に入ったことを掻い摘んでみれば、紫が好きだからっつー理由だったような、違うような。
ま、俺にはまるっきり関係ないことではある。
「・・・おーまえなぁ、パンは投げるもんじゃねぇんだぞ」
手にした焼きそばパンはちょっと形が変わっていて。
わざと覗き込むようにそれを見て、松岡は鼻で笑った。
「自分で買いにいかねぇ井ノ原さんへの天罰じゃないですかー?」
「ジャンケンで負けたんだから文句言うなよ」
「うるせ。明日は絶対勝つかんな」
言い捨ててどすん、と俺の隣に座り、手にしていたコロッケパンの袋を開ける。
「ちょっとーぴったりくっついてんだけどー」
「いいじゃねぇか。トモダチだろー?」
松岡はパンを頬張りながらにぃっと歯を見せて笑った。
俺もため息を一つついてから、自分のパンの袋を開ける。
「あーあ。つまんねーなーこの学校も」
そう、松岡が言ったのはパンが跡形もなくなった頃で。
ごろんと寝転がって青空を見る。
「こーんなに晴れてんのに、室内でお勉強なんて馬鹿らしいと思わねぇ?」
「ごもっとも」
「勉強勉強って、それしかねぇのかよ」
「なー」
松岡はクラスの中でもはみ出し者だった。
そして俺もそう。
そんな二人が友達になるのは、ごく自然なことだと思う。
一緒にいて楽しいし。
言いたいことが似てるから、楽で仕方ない。
「・・・俺たちって似てるよな」
ほら。
また被った。
「・・・似すぎだよ、ったく」
「何怒ってんだよ」
「今俺もそう思ってたんだっつーの!お前とはいっつもそう!」
がぁっと怒って見せると。
松岡はにひっと子供みたいに笑って俺に抱きついてきた。
「先に言われて悔しいんだろー?全く、おこちゃまなんだからぁよっちゃんはv」
「よっちゃん言うなキモい!!」
暴れたんだけど腕力は相手の方が上で。
気づいたらいつの間にか二人揃って笑ってた。
男二人で屋上で抱き合ってるのってパッと見どうなのよって感じだけど。
すっげぇ楽しくて心地いいからいいや、なんて思ってる俺がいる。
机前にして頑張ってるみなさん。
それはそれで素晴らしい青春時代かもしれませんが。
俺は、昔を思い出す時に馬鹿やったなぁなんてことをたくさん想像したいから。
そんでその想いは、きっとコイツとなら叶えられる気がするからね。
なわけで、今日も俺は屋上でのんびりと、悪友と二人で変わらない空を仰ぎ見るのだった。
平和だなー。
「あ」
松岡はがば、と急に身体を起こして、フェンス越しにグラウンドを見下ろした。
「どうした?」
近寄って見下ろせば、体育の授業の真っ最中。
ウチの学校は中学も付属で、グラウンドは中高共通だ。
図体のでかいやつと小さいのが競うようにして白い線の中を爆走している。
「長瀬走ってやんの」
「あれだろ。相変わらずでっけーなー・・・あ、剛ちゃんもいる!ごーうちゃーんっ!!」
手を振れば、二人の目線がこっちに向いて。
長瀬はにっこにこしながら手を振り返してくれたんだけど。
剛は呆れた視線を向け、また走る方に思考を戻してしまったらしい。
「あーあ。シカトされちった」
「つれない子だねぇ、剛ちゃんは」
「全くだ・・・・・・あ」
ため息をついていると、見知った姿の男の人がこっちに向かって走ってくる。
そんで下から大声で何かを言われた。
長瀬でも剛でもない、通った声。
「井ノ原ァ!松岡ァ!お前らなにやってんだそんなとこで!!!」
物凄い形相が上からでも分かる。
中学ん時の担任の坂本先生だ。
俺の従兄弟の幼馴染みで、俺も小さい頃からよく面倒見てもらったりしてた。
頼りがいのあるお兄ちゃんって感じ。
ちょっとヘタレだけど。
アレ、でもあの人受け持ち数学じゃなかったっけ。
首から提げてるホイッスルがかなり滑稽で笑えるんだけど。
「おーいまーくん久しぶりー!アンタ数学辞めたのーー?!」
「まーくん言うなコラ!今日は太一が風邪で休んだから俺が代わりに来てんだよっ!!」
「あっそー!またばあちゃん家から送ってきた芋焼酎持って遊びに行っていーい?」
「・・・・・・っ来てもいいからさっさと教室戻れーー!!」
お酒好きな坂本くんの躊躇いに松岡と二人で手を叩いて爆笑する。
やっぱりお酒は飲みたいのね。
ご相伴に預かれるから喜んで訪ねに行ってる。
『お世話になってる坂本くんが芋焼酎好きだから送って』っていう口実も出来るし。
ま、芋焼酎が一番好きなのは俺なわけだけども。
「マーーーーボーーーーー!!」
今度は長瀬の声。
坂本くんとは違うけど、これまた通る声だ。
歌うのが好きだっつってたっけ。
今度俺の作った曲、歌ってもらおうかな。
「今日もマボ飯食いに行っていいっすかーーー?!!」
「お前さっき飯食ったばっかじゃねーーのかよーーーーっ!!」
「だって今言わないとマボ帰っちゃうじゃないっすかーーー!!!」
「まぁな・・・ってかマボって呼ぶな!お前の先輩だぞ俺は!わかってんのかコラ!!」
「マーーボせーーーんぱーーーい?」
「・・・・・・あぁもういいよわかったよ真面目に受け答えした俺が悪かった、6時にウチ来ーーーいっ!」
「やったーーー!茂くんも連れてくからねーーー!!」
「え、あの人も来んの?!わかったーーーっ!!」
受け答えするなりくるりと方向転換。
屋上の入り口に向いている足先に単純に首を傾げる。
「どこ行くのお前」
「夕飯の買い物」
「今まだお昼だぞ?早すぎねぇ?」
「・・・っ俺の料理はこだわるから時間がかかるんだよっ」
ただ単に夕食の準備の早さを指摘しただけなのに苛々してやんの。
変なヤツ。
「この前長瀬味わかんねぇから適当でいいんだよ、とか言ってただろうが」
「・・・・・・一緒に来る人がぜんっぜん食べ物にこだわりない人間なもんだから、バランスよくかつ美味いもん食わせて唸らせてぇんだよ」
そう言う松岡はどこか忙しなくて。
唸らせたいとか言ってるわりには、どこか嬉しそうで。
矛盾している態度に、ふと気づく。
「おーい」
「何よ」
「お前、耳、真っ赤」
せっかく指摘してやったのにも関わらず、ギロリと睨まれる。
な、なんだコラ。
「・・・・・・・っ五月蝿ぇっ!帰るっつったら帰るんだよ馬鹿っ!!」
顔面を真っ赤にしてポケットに手を突っ込み、大股でドカドカと足音を立て松岡は屋上のドアから出て行った。
何、照れてんだアイツ。
そんなに茂くんって人が来るのが嬉しいのかね。
ちぇ。
どこか横取りされた気分になって口を尖らせ、くるりと振り向けば。
松岡の代わりににっこりと微笑む好青年が立っていた。
長野博。
俺の現在の担任兼、従兄弟だ。
「ぎゃーーー!!」
「ぎゃーってなにさよっちゃん」
「なんで長野くんがココにいるんだよぉ!!」
「俺が働く職場だからに決まってんだろ」
言いながらすとん、と腰を下ろす。
手には紙袋。
あ、それ学食の毎日限定10個しか売られないコロッケパンじゃん。
先生の権力使ってキープしやがったなこの人。
職権乱用って言うんじゃねぇの、これ。
「授業は?」
「この時間は空き時間なわけ。ご飯くらいゆっくり食べたいでしょ?」
はむ、とパンを頬張りながらね?と首を傾げ俺を見る。
みんなの前だと立派に先生やってるけど、俺と二人きりになるとただの良いお兄ちゃんって感じ。
欠点は唯一、過剰なグルメなだけ。
そして。
「・・・・ねぇ、よっちゃん」
「何?」
「勉強もしないのに何で学校に来てるの?」
他の先生とは違う視点で俺に疑問を投げかけてくる。
そこが、少々厄介なんだ。
「・・・・・・なんとなく、ヒマだから」
「ヒマならバイトすればいいじゃん」
「バイトはめんどくせー」
「じゃあ何やりたいの」
「それを今模索中なんじゃないの。学生生活を使ってさぁ」
俺の言い訳に長野くんは成る程、と首を縦に振った。
あれ、終了?
「納得しちゃうわけ?」
「うん。ちょっとでも先のこと考えてるならいいんじゃない?勉強が全てなんて思わないし俺は」
「有名大学卒業で尚且つ司法試験一発クリアする実力持ってたくせにギリギリでそれ蹴って先生になっちゃった長野くんに言われたくない」
「俺は勉強が好きだったからねぇ」
のんびりとした口調でそう言いながら、またぱくりと頬張る。
またこれが美味しそうに食べるんだよなぁ。
さっき食ったばっかなのに腹減ってきた気がする。
「ね、何で弁護士蹴っちゃったの?」
ふと思った疑問を口に出せば。
コロッケパン最後の一口を口の中に放り込んで。
「全部あの人の所為」
と、長野くんは素っ気なく言いながらグラウンドに向かって指を差した。
その先には坂本くんがいて。
だけどどうしてあの人が理由になるのかわからずに首を捻る。
「・・・・・・なんで?」
「あの人が言ったんだ。『お前が弁護士になるなら俺はお前と縁を切る』って」
「なにそれ」
「あんな最低な職に就くんだったらもう顔も見たくないって、拗ねちゃったもんだから」
22の時だから拗ねても気持ち悪いだけだったんだけどね、って。
かなりさらっと言っちゃいましたけど。
「そ、それだけで蹴っちゃったの?!」
「んー、そう」
あっさりと頷いた長野くんに驚く。
自分の人生を坂本くんのためだけにひん曲げちゃったわけでしょ?
お金に困らない裕福な生活が待ってたのに、坂本くんの一言で?
「・・・坂本くんってそんなに凄いわけ?」
「いいや。ただのヘタレな幼馴染み」
「だよ、ねぇ」
そうなんだよなぁ。
別にあの人、特別頭が良いわけでもないし。
どっちかと言えば坂本くんより長野くんの方が立場が上のような。
うんうん唸りながら考えていると。
長野くんはふぅ、と息をついて、地面に向かって目を向けながら口を開いた。
「・・・坂本くんね、昔弟みたいに可愛がってた子を傷つけられて、裁判したはいいんだけど負けちゃったんだ」
凄腕の弁護士によって救われた加害者。
無念の意を晴らせないまま終わってしまった裁判。
後からそれには莫大な金が回っていたという事実を知って。
坂本くんは酷く落胆したのだという。
弟みたいに可愛がってた子なんていたかなぁ、あの人に。
ただでさえ友達少ないのに。
「坂本くんの固定概念で人生決められちゃったようなもんだけど、まぁ大事な親友だし、それに」
長野くんはちらり、とグラウンドの下の坂本くんに目をやった。
それから何故か俺を見て、ため息。
どこか泣き出しそうなその瞳に思わず息を呑む。
そんな顔、初めて見た気がする。
・・・・・・気がする?
いつ、どこでだろう。
拙い記憶を辿ってみるも、当てはまる事柄は見当たらない。
思い当たるのは笑ってる長野くんだけ。
いっつもにこにこして、俺のこと可愛がってくれた。
小さい頃から、ずっと。
「俺も、あの時の坂本くんの悔しさはよくわかってたつもりだったから」
自分にも後悔したくなかったのだと、彼は言った。
俺も長野くんの目線を追って下を見る。
全然知らなかった。
俺だって長野くんぐらい近くにいたはずなのに。
「・・・それっていつの話?」
「うーん・・・かなり前。俺が中学3年くらいの時」
「そしたら俺幼稚園くらいでしょー?ぜんっぜん記憶ないなぁ」
入学式に長野くんと坂本くんと手を繋いで行ったことは覚えてるのに。
幼稚園の記憶は結構鮮明な方なのに。
大事だったはずのその事件の記憶はまるでない。
思い出そうと腕を組んでうんうん唸っていると、ぱす、と。
長野くんの手が俺の頭に乗って、わしわしと撫でた。
「何すんだよー!」
「そろそろ教室戻りなさい、井ノ原」
「えー」
「えーじゃないの。寝ててもいいから教室で大人しくしてな」
「・・・・・・はぁーい」
仕事モードに戻り、有無を言わさぬ長野くんの笑みに。
俺は観念して言うとおりに教室に戻らざるを得なかった。
だって、後が怖いし、ね。
俺も松岡と一緒にフケりゃよかった、なんて思いながら。
ゆったりとした足取りで教室に向けて足を進めた。
バタン、と屋上のドアが閉まって、脱力。
余計なこと喋りすぎたな、俺。
あの時の話はするなって坂本くんに言われてたのに。
まぁ固有名詞は出してないから鈍いよっちゃんは気づかないだろうけど。
というか、根本から覚えていないようだったから大丈夫だろう。
井ノ原の右眉の下には傷がある。
さっくりと何かで切った痕のような、傷が。
幼稚園から帰る時の事故だった。
両親を早くに亡くした井ノ原は俺の家に住んでいて。
ウチの親は両方共働きで世界中を飛び回っているエリート夫婦。
必然的に俺が家のことを色々やることになっていた。
井ノ原の面倒を見る俺の生活は大変だったけど。
坂本くんの両親と坂本くんに助けられながら、なんとか上手く学校と家庭を両立していた。
事件があったその日。
俺は学校で補習があって、坂本くんが井ノ原を迎えに行った。
その、帰りのことだった。
詳しくは話を聞いていないからわからない。
何度聞いても坂本くんは頑として口を割らなかったし。
ただ、血まみれのTシャツを着たままで沢山、謝られたのを覚えている。
青痣や切り傷だらけのその顔が、悔しそうに歪んでいたことも。
齢、15歳の彼は誰にも責められることはなかったけれど。
代わりに彼は、何も出来なかった自分を責めた。
俺が弁護士になると坂本くんに言った瞬間。
物凄い勢いで食って掛かられ、挙句の果てに殴られた。
今考えてみれば、俺はどれだけ無神経だったのだろうと思う。
彼の心の中に残っている傷を抉るような真似をして。
俺としては昔のことだったし、井ノ原も何も気にしていないから大丈夫、とタカを括っていた。
安定した生活。
井ノ原が気にせず好きなことをやれるようにお金が必要だ、と考えたからとはいえ。
友達の気持ちを考えない行動は、するもんじゃない。
そう結論付けた後は早かった。
周りの反対を押し切って、諦めかけていた教職に手を出した。
無難に金を稼げて、かつ安定した生活を。
公務員はそれを叶えてくれる職業だと思ったから。
結果発表の日。
合格の欄に自分の名前が載っていることを確認する前に、見慣れた文字が目に映る。
え。
『・・・坂本・・・昌行・・・?!』
同姓同名かと思ったけど。
『あ、受かった・・・』
そんな、俺の背中の方から聞こえてきた小さな声に、姿を見ずとも彼だと確信した。
坂本くんと顔を合わせたのは、言い合いした日以来で。
気まずかったのだけれど、珍しく坂本くんから口を開いてきた。
『なんだ、またお前と一緒かよ』
『俺も坂本くんと被るとは思わなかった』
『・・・・・・弁護士は?』
『やめた。別に先生でも安定した生活は約束されるしね』
『・・・・・・ふぅん』
興味なさそうな返答が帰ってきたけれど。
口の端がちょっと嬉しそうに歪んでいたのが見えて。
やっぱりやめてよかったな、とつくづくそう思ったのだった。
「・・・今日は久々に坂本くんちにでも行くかな」
そんで、よっちゃんと一緒にあの人の作る料理を食べよう。
あの時のことを思い出すと、無性に今の幸せを感じたくなる自分がいる。
笑ってて。
誰一人悲しむことのないままで。
ずっと、笑ってて。
もう誰も、泣いて欲しくはないんだよ。
一人ごちて、目が痛くなるくらい青すぎる空を見上げ目を閉じた。
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2007.2.25